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公営住宅を「最後の住まい」にしないために――低所得者支援と老朽化を両立する再設計

老朽化した棟と改修された棟が並ぶ日本の公営住宅団地。

公営住宅を「最後の住まい」にしないために――低所得者支援と老朽化を両立する再設計

公営住宅は、原則として住宅に困窮する低額所得者のための住まいである。ところが、全国約212万戸のうち築30年以上が約148万戸に達し、入居者の高齢化も進んでいる。限られた予算を古い建物の維持だけに使えば、新たに住宅を失いかねない人へ届く部屋が減ってしまう。

必要なのは、一律の建て替えでも一律の削減でもない。需要が強い地域では供給を守り、需要が弱い地域では集約する。同時に、民間賃貸住宅と福祉サービスを組み合わせ、公営住宅だけに負担を集中させない仕組みへ移るべきだ。

この記事で分かること

  • 公営住宅が本来対象としている世帯
  • 約212万戸のストックが抱える老朽化と地域差
  • 高齢化によって住宅管理が福祉課題にもなった理由
  • 建て替え、長寿命化、集約、民間活用をどう使い分けるべきか
目次

公営住宅は誰を支える制度なのか

制度の中心にいるのは、所得が低いだけでなく、現に住宅に困っている人である。

公営住宅法第1条は、国と地方公共団体が協力し、住宅に困窮する低額所得者へ低廉な家賃で住宅を供給することを目的としている。公営住宅は一般的な家賃補助付き住宅ではなく、市場で適切な住まいを確保しにくい世帯を支える制度だ。

入居には、少なくとも次の二つが求められる。

  • 条例で定める収入基準以下であること
  • 現に住宅に困窮していることが明らかであること

一般世帯の収入基準は、国が示す政令月収15万8,000円を参酌して自治体が条例で定める。高齢者、障害者、子育て世帯など、特に居住の安定が必要な場合には、政令月収25万9,000円以下の範囲で裁量基準を設けられる。

ここでいう「政令月収」は、給与明細の手取りや毎月の額面給与ではない。世帯所得から扶養控除などを差し引き、一定の方法で月額換算した制度上の数字だ。入居希望者は、年収だけで自己判断せず、自治体の募集案内で計算方法を確認する必要がある。

同じ低所得世帯でも困り方は違う

制度上の対象を「低所得者」と一括りにすると、実際の優先順位が見えなくなる。

例えば、住まいを急いで確保する必要性は、次の事情によって変わる。

  • 退去期限が迫り、次の住まいを確保できない
  • 高齢や障害を理由に民間賃貸住宅の契約が難しい
  • ひとり親世帯で、家賃負担が生活費を圧迫している
  • 災害、DV、立ち退きなどで従来の住まいを失った
  • 現在の住宅が狭すぎる、危険である、衛生上問題がある

自治体には、公開募集と公平な選考を守りつつ、困窮度の高い世帯へどう優先的に届けるかという難しい役割がある。単純な抽選だけでは緊急性を反映しにくい一方、行政の裁量を広げすぎれば選考の透明性が問われる。

約212万戸でも足りない地域と余る地域がある

全国の戸数だけを見ても、公営住宅の不足や余剰は判断できない。問題は、必要な場所に、必要な間取りと設備を備えた空き住戸があるかどうかだ。

国土交通省資料によると、2022年度末の公営住宅ストックは約212万戸だった。2022年度の応募倍率は全国平均3.6倍だが、東京都は15.0倍、大阪府は4.4倍である。都市部では、募集住戸に対して応募が大きく上回る状態が続く。

一方、人口が減る地域では、古い団地に空き住戸があっても入居者が集まらないことがある。駅、病院、商店から遠い、エレベーターがない、浴室や断熱性能が現在の需要に合わない。戸数として存在していても、生活を支える住宅として使いにくければ、実質的な供給力にはならない。

不足と空室が同時に起きる理由

公営住宅の需給には、少なくとも四つのずれがある。

  • 地域のずれ:仕事や医療が集まる都市部では不足し、人口減少地域では余りやすい
  • 間取りのずれ:単身世帯が増えても、過去に整備した家族向け住戸が多く残る
  • 設備のずれ:階段、段差、古い浴室などが高齢者や障害者の利用を妨げる
  • 募集のずれ:修繕待ちや建て替え予定の住戸は、空いていても募集できない

したがって、「空室があるから新設は不要」「倍率が高いから全国で増設すべき」という結論はいずれも粗い。自治体ごと、さらに団地ごとに判断しなければならない。

ここがポイント: 公営住宅政策で数えるべきなのは建物の総戸数ではなく、必要な地域で実際に募集でき、対象世帯が安全に暮らせる戸数である。

老朽化は建物だけの問題ではない

最大の制約は、古い住宅の更新時期と入居者の高齢化が同時に来ていることだ。

国土交通省資料では、2022年度末の公営住宅約212万戸のうち、築30年以上が約148万戸、全体の70%を占めた。昭和40年代と50年代に建設された住戸だけで半数を超える。

外壁、屋上防水、給排水管、電気設備は、放置すれば事故や漏水につながる。耐震性、断熱性、バリアフリー性能も現在の基準や入居者像に合わない場合がある。家賃を低く抑える制度だからこそ、修繕費を家賃へそのまま転嫁することも難しい。

入居者の半数超が65歳以上

同じ資料によると、2022年度末の世帯主年齢は70歳以上が50.9%、65~69歳が9.6%だった。収入についても、政令月収10万4,000円以下が79.0%を占める。

この数字が意味するのは、公営住宅の管理が、鍵を渡して家賃を集める仕事だけでは済まなくなったということだ。

現場では、次の対応が重なる。

  • 孤立や認知機能低下への気付き
  • 家賃滞納や生活上のトラブルへの対応
  • 福祉、介護、医療の窓口への橋渡し
  • 建て替えや集約に伴う転居支援
  • 死亡後の契約終了や残置物をめぐる手続き

住宅部局だけでは解決できない。福祉部局、地域包括支援センター、社会福祉協議会、居住支援法人などとの連携が必要になる。

財源の論点は「建て替えるか」だけではない

限られた財源で必要戸数を守るには、団地ごとに投資方法を分ける必要がある。

公営住宅は地方公共団体が管理し、整備や改善には国の交付金などが使われる。しかし、自治体は道路、上下水道、学校、庁舎などの老朽化にも同時に対応しなければならない。資材価格や人件費が上昇すれば、同じ予算で更新できる戸数も減る。

選択肢は大きく四つに分かれる。

1. 建て替える

需要が長く見込まれ、交通、医療、買い物へのアクセスが良い団地では有力だ。耐震、断熱、バリアフリー性能をまとめて改善でき、世帯構成に合わせて間取りも変更できる。

ただし、事業費が大きく、工事中の仮移転や完成後の再入居にも時間と支援が必要になる。従来と同じ戸数を同じ場所に戻すことが最適とは限らない。

2. 長寿命化する

構造に問題がなく、今後も使用できる棟は、外壁、屋上、配管、浴室、断熱、エレベーターなどを計画的に改修する。建て替えより少ない費用と短い期間で性能を改善できる場合がある。

国の支援を受ける改善事業などでは、公営住宅等長寿命化計画に沿った実施が求められる。壊れてから直すのではなく、点検結果と将来需要を基に修繕時期を組むことが重要だ。

3. 団地を集約する

人口減少地域では、利用率の低い棟を廃止し、入居者を状態の良い棟や利便性の高い団地へ移す選択肢がある。維持管理する建物を減らせば、残す住宅へ予算を集中できる。

しかし、住民にとっては単なる施設整理ではない。通院先、買い物、近所付き合い、介護サービスとの関係が変わる。高齢者に転居を求めるなら、移転費だけでなく、候補住宅の提示、手続き、引っ越し後の見守りまで設計しなければならない。

4. 民間住宅を組み合わせる

公営住宅を新築する代わりに、民間住宅の借り上げやセーフティネット住宅、居住サポート住宅などを使う方法もある。需要の変化に対応しやすく、既存ストックを活用できる点が利点だ。

ただし、空き家があることと、低所得者が入居できることは別問題である。立地や耐震性が適切か、家賃を負担できるか、大家が入居を受け入れるか、見守りを誰が担うかまで整えなければ代替にならない。

2026年の住生活基本計画が示した方向

国の新計画は、公営住宅単独ではなく、公的住宅、民間住宅、居住支援を一体で考える方向を明確にした。

2026年3月27日に閣議決定された住生活基本計画(全国計画)は、2026年度から2035年度までを計画期間としている。

計画は、住宅確保要配慮者が安心して暮らせる環境に向けて、次の方策を掲げた。

  • 公的・民間賃貸住宅の双方によるセーフティネット機能の充実
  • 住宅と福祉が連携する総合的・包括的な居住支援
  • 居住サポート住宅やセーフティネット住宅の普及
  • 高経年の公営住宅を含む住宅団地の計画的な維持管理、建て替え、改修

これは、公営住宅の役割を弱めるというより、公営住宅を最も必要な人へ確実に残すため、周辺制度を厚くする方向と読むべきだ。

改正住宅セーフティネット法の下では、市区町村による居住支援協議会の設置促進や、住宅と福祉の連携強化も進められる。入居前の物件探しだけでなく、入居中の見守り、福祉サービスへの接続、退去時の支援まで切れ目なく扱えるかが成否を分ける。

批判的に見るべき五つの論点

政策評価では、整備戸数より「困窮世帯へ届いたか」を見る必要がある。

空き住戸を供給として数えてよいか

老朽化、修繕待ち、用途廃止予定などで募集できない住戸を含めれば、見かけのストックは大きくなる。自治体は管理戸数だけでなく、募集可能戸数、修繕待ち期間、入居率を示すべきだ。

入居時の困窮度をどう比較するか

所得基準を満たす世帯の中にも、困窮の深さには差がある。抽選、ポイント方式、優先枠の組み合わせについて、選考理由を検証できる透明性が欠かせない。

入居後の収入上昇をどう扱うか

公営住宅法には、収入超過者への割増家賃や明け渡し努力義務、高額所得者への明け渡し請求の仕組みがある。適正な運用は必要だが、少し収入が増えただけで急に転居を迫れば、就労意欲や生活再建を損ねる。

重要なのは、制度対象から外れる世帯が民間住宅へ無理なく移れるよう、段階的な家賃や転居支援を整えることだ。

建て替え後の戸数削減は妥当か

需要が弱い地域で戸数を減らすことには合理性がある。一方、平均応募倍率が低くても、駅に近い住戸やバリアフリー住戸には需要が集中することがある。自治体全体の数字だけで削減すれば、必要な住宅まで失いかねない。

住宅部局へ福祉対応を押しつけていないか

見守りや生活相談を求めるだけでは、担当者の負担が増える。誰が訪問し、異変をどこへつなぎ、緊急時に誰が判断するのか。人員と委託費を含む運営設計が必要である。

「もっと建てる」「減らす」の二択では解けない

賛成論と反対論の違いは、公営住宅の必要性より、どこまで公が建物を保有すべきかにある。

供給拡大を求める立場からは、都市部の高倍率、民間家賃の負担、入居を断られやすい高齢者や障害者の存在が重視される。公営住宅は家賃だけでなく、契約拒否の壁も越えるための基盤だという主張には根拠がある。

これに対し、人口減少下で古い団地を一律に維持するのは非効率で、民間空き家や家賃補助を活用すべきだという見方もある。地域によっては、新築より借り上げの方が需要変動へ柔軟に対応できる。

現実的な整理は次の通りだ。

  • 都市部の高需要地域では、募集可能戸数を確保し、建て替えによる過度な純減を避ける
  • 地方では、医療、交通、買い物へのアクセスを基準に団地を集約する
  • 構造上使える棟は、予防保全とバリアフリー改修で寿命を延ばす
  • 民間住宅を使う場合は、家賃低廉化、保証、見守りを一つの支援として提供する
  • 急迫した世帯に対応できる住戸を、通常募集とは別に一定数確保する

公営住宅と民間住宅は代替関係だけではない。公営住宅が最低限の受け皿となり、民間住宅が選択肢と機動性を補う。この役割分担が必要だ。

今後確認すべき指標

次に問われるのは、2026年の国の方針を自治体が団地単位の計画へ落とし込めるかである。

読者が居住地域の政策を確認する際は、自治体の住生活基本計画、公営住宅等長寿命化計画、募集結果を見比べたい。

注目点は次の六つだ。

  • 管理戸数ではなく、実際に募集できる戸数が増減しているか
  • 団地別、間取り別、応募区分別の倍率が公開されているか
  • 築年数だけでなく、耐震性、配管、断熱、バリアフリーの状態が示されているか
  • 建て替えや集約で退去する住民への支援が具体化されているか
  • 住宅部局と福祉部局の担当、人員、予算が明記されているか
  • セーフティネット住宅が登録数だけでなく、入居実績につながっているか

まとめ――守るべきは建物の総数ではなく、住まいへの到達可能性

事実として、公営住宅は住宅に困窮する低額所得者を支える制度であり、2022年度末の約212万戸のうち70%が築30年以上だった。入居世帯の高齢化も進み、住宅管理と福祉支援を切り離せなくなっている。

政策として守るべきなのは、すべての古い棟ではない。困窮した人が、必要な時に、安全で生活可能な住宅へ入れる状態である。

そのための実務は明確だ。需要の強い地域では戸数を確保する。需要が減る地域では生活利便性の高い場所へ集約する。使える建物は予防保全し、民間住宅を使うときは家賃、保証、見守りをセットにする。

今後の最大の watchpoint は、自治体が「何戸を廃止したか」ではなく、「廃止後も困窮世帯が何日で、どの住宅へ入れたか」を公表できるかどうかだ。そこまで測れて初めて、公営住宅の再編は財政整理ではなく住宅政策になる。

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