日本語支援は「追加サービス」ではない――外国人児童8万8千人時代の学校政策
外国人児童生徒への日本語教育が急務なのは、会話の支援にとどまらず、教科の理解、進学、就職、保護者との連絡を支える教育インフラだからです。文部科学省の令和7年度調査では、日本語指導が必要な児童生徒は国公私立を合わせて8万8,045人に上りました。
一方、支援の成否は住む自治体や通う学校の体制に左右されます。受け入れる外国人材を増やしながら、その子供の教育を学校任せにする政策は持続しません。
この記事で分かること
- 日本語指導が必要な児童生徒が、どれほど増えているのか
- 「日常会話ができる」と「授業を理解できる」が違う理由
- 支援が自治体任せになりやすい制度上の問題
- 国、自治体、学校、企業が担うべき役割
何が起きているのか――支援対象は8万8,045人
日本語指導を必要とする子供は、一部の工業都市だけの課題ではなくなっています。
文部科学省が2026年5月25日に公表した令和7年度調査によると、2025年5月1日時点で日本語指導が必要な児童生徒は、国立・公立・私立学校を合わせて8万8,045人でした。内訳は外国籍7万6,238人、日本国籍1万1,807人です。
「外国籍」と「日本語指導が必要」は同じ意味ではありません。外国籍でも日本語で不自由なく学べる子供はいます。一方、海外生活が長かった帰国児童など、日本国籍でも日本語指導を必要とする子供がいます。必要性は国籍ではなく、授業参加に必要な日本語力を基準に判断すべきです。
長期比較ができる公立学校の外国籍児童生徒に限ると、支援対象は次のように増えています。
- 2008年度:2万8,575人
- 2018年度:4万755人
- 2023年度:5万7,718人
- 2025年度:7万3,313人
2023年度から2025年度までの2年間だけで1万5,595人増えました。学校側の体制整備が追いつかなければ、通常学級の担任が教材の言い換え、翻訳、保護者対応まで抱えることになります。
集住と散在が同時に進む
令和7年度調査では、日本語指導が必要な児童生徒が1人以上いる学校は1万2,668校で、調査対象校の39%でした。このうち5人以上が在籍する学校は4,329校、100人以上の学校も28校あります。
ここには二つの異なる課題があります。
- 集住地域では、指導対象が多く、教室、専門教員、通訳の確保が追いつきにくい
- 散在地域では、対象が1人か2人のため、常勤の専門人材を置きにくい
同じ補助制度だけでは両方に対応できません。集住地域には拠点校と複数の専門職が必要です。散在地域には巡回指導、自治体間の共同配置、オンライン授業を組み合わせる必要があります。
日本語を話せても、授業を理解できるとは限らない
必要なのは生活会話だけでなく、教科を学ぶための日本語です。
休み時間に友達と会話できる子供でも、「割合を比較する」「根拠を挙げて説明する」「筆者の主張を要約する」といった授業上の指示を理解できるとは限りません。算数・数学の文章題、理科の因果関係、社会科の制度用語では、日常会話とは違う語彙と文型が使われます。
したがって、日本語支援を「最初の数カ月だけの会話練習」と捉えるのは不十分です。学校には、子供の習熟度を把握し、次の支援を接続する仕組みが求められます。
- 来日直後の学校生活・基礎日本語指導
- 日本語と教科内容を結び付ける学習支援
- 個別の指導計画と定期的な日本語能力評価
- 高校入試や進路相談での情報保障
- 保護者への多言語連絡と通訳支援
公立の小中学校などでは、通常の教育課程の一部を替え、個別の計画に基づいて日本語を教える「特別の教育課程」を編成できます。しかし、制度があっても、評価できる教員や指導時間がなければ実施できません。
ここがポイント: 日本語支援は、外国人児童だけを別室に移すための制度ではありません。教科学習へ戻り、同じ学校で進路を選べる状態をつくるための橋渡しです。
遅れは高校進学と就職まで持ち越される
支援不足の影響は、在学中の成績だけで終わりません。
文部科学省が2026年1月に示した資料では、2023年度調査などに基づく進路指標に大きな差が残っています。
- 中学校卒業後の進学率:日本語指導が必要な生徒90.3%、全生徒99.0%
- 高校卒業後などの進学率:日本語指導が必要な生徒46.6%、全生徒75.0%
- 高校の中途退学率:日本語指導が必要な生徒8.5%、全生徒1.1%
- 高校卒業後の就職者に占める非正規就職率:日本語指導が必要な生徒38.6%、全生徒3.1%
これらは集団全体の数値であり、個々の子供の能力や将来を決めるものではありません。それでも、入試情報を読めない、教科の遅れを取り戻せない、保護者が進路制度を理解できないといった障壁が、進路選択を狭めている可能性は重く見る必要があります。
高校進学後も支援を切ってはいけません。日本語指導が必要な生徒は、高校段階でも国公私立を合わせて1万人を超えています。入学をゴールにすると、専門用語が増える授業や資格取得、就職活動の段階で再びつまずきます。
制度上の弱点は「就学把握」と「地域差」
最大の弱点は、学校に来た子供だけを支援しても、教育から外れた子供には届かないことです。
外国人保護者には法律上の就学義務が課されていない
日本では、外国人の子供の保護者に学校教育法上の就学義務は課されていません。ただし、公立義務教育諸学校への就学を希望する場合、子供は日本人児童生徒と同様に無償で受け入れられます。教科書の無償給与や就学援助も対象です。
この制度では、自治体からの就学案内が届かなかったり、保護者が「外国籍の子供は公立学校に入れない」と誤解したりすると、就学手続から漏れるおそれがあります。そのため文部科学省は、住民基本台帳を使った案内、就学状況の継続確認、福祉・住民登録部門やNPOとの連携を自治体に求めています。
2023年5月時点の全国調査では、住民基本台帳上の学齢相当の外国人の子供15万695人のうち、不就学の可能性がある子供は8,601人と推計されました。この数字は、不就学970人、就学状況を確認できない3,833人、住民基本台帳との差432人を単純合計したものです。全員が実際に不就学と確定した数ではありませんが、所在や就学先を行政が確認できないこと自体が政策課題です。
18人に教員1人でも、配置の難しさは残る
国は、日本語指導が必要な児童生徒18人につき教員1人となるよう、2026年度まで段階的に基礎定数化を進めてきました。人数に応じて教員を確保する仕組みは重要です。
ただし、全国一律の人数基準だけでは、散在地域を救いにくいという問題があります。小規模自治体の複数校に対象児童が1人ずつ在籍する場合、学校単位では専門教員の配置基準に届かないからです。
さらに、必要な言語も地域ごとに異なります。希少言語に対応できる母語支援員を、一つの市町村だけで雇用し続けるのは難しいでしょう。都道府県が人材バンクを整備し、複数自治体で共有する方が現実的です。
財源は「人数」だけでなく「初動」と「分散」に配るべきだ
予算配分では、在籍人数に加えて新規受け入れと地理的な分散を評価する必要があります。
外国人児童生徒への支援には、専門教員の給与だけでなく、母語支援員、通訳、教材、能力評価、オンライン環境、就学ガイダンスの費用がかかります。国は自治体の取り組みを補助していますが、補助事業は申請、事業設計、報告を担える自治体ほど使いやすい面があります。
今後の財源設計では、少なくとも次の三層を分けるべきです。
1. 全国共通で保障する基盤
- 日本語能力を把握する共通の評価方法
- 指導計画と教材の標準モデル
- 教員研修と専門人材の資格・能力開発
- 多言語の就学案内、進路案内
2. 人数に応じて厚くする支援
- 拠点校への専門教員の複数配置
- 初期適応教室やプレスクール
- 高校での日本語・教科学習支援
- 母語支援員とスクールカウンセラーの配置
3. 散在地域に必要な支援
- 都道府県単位の巡回指導チーム
- 自治体をまたぐ通訳・支援員の共同利用
- オンライン授業と対面支援の併用
- 急な転入に対応する臨時経費
国の役割は、先進自治体の事例紹介だけではありません。居住地によって最低限の支援水準が大きく変わらないよう、財政措置と評価指標をそろえる必要があります。
地域共生のために学校だけへ負担を集中させない
教育支援は学校政策であると同時に、雇用、住宅、福祉、防災を結ぶ地域政策です。
保護者が学校からの通知を読めなければ、欠席連絡、健康診断、給食費、災害時の引き渡し、進路面談まで影響します。通訳を担任の善意や、子供自身による「家族の通訳」に依存させるべきではありません。
関係者ごとの役割を明確にすると、学校への集中を避けられます。
- 国:最低基準、教員定数、補助制度、全国的な評価と情報基盤を整える
- 都道府県:専門教員、通訳、心理職を広域で確保し、市町村間の格差を埋める
- 市町村:転入時の就学案内、所在確認、学校・福祉・住民登録部門の連携を担う
- 学校:日本語能力と教科学習を評価し、個別指導と通常学級を接続する
- 企業:外国人従業員に子供の就学制度を説明し、転居や勤務時間に配慮する
- 地域団体・NPO:放課後学習、保護者相談、母語を含む居場所づくりを補完する
外国人材を雇用する企業にも役割があります。採用時に本人の就労手続だけを説明し、家族の学校手続きを自治体へ丸投げするのでは不十分です。勤務地の変更や短期間の転居が子供の学習を中断させる可能性も、雇用管理上の課題として扱う必要があります。
「日本語を優先すると母語が失われる」という懸念をどう考えるか
日本語教育と母語の尊重は、二者択一ではありません。
日本語指導を強化すると同化を迫ることになる、という懸念があります。実際、母語や家庭の文化を価値の低いものとして扱えば、子供の自己肯定感や家族内の意思疎通を損ないかねません。
しかし、日本語支援を弱めれば、授業、進学、行政サービスへの参加が難しくなります。必要なのは、母語を否定せず、学校教育に必要な日本語を保障する設計です。
具体的には、母語支援員を単なる翻訳者にせず、子供の既習内容を確認する橋渡し役として位置付けることが考えられます。保護者にも、家庭で母語を使うことと、学校で日本語を学ぶことは両立すると説明する必要があります。
もう一つの反論は、「限られた教育予算を特定の子供だけに使うのは公平か」というものです。この問いには、支援の目的で答えるべきでしょう。日本語指導は優遇ではなく、同じ授業へ参加するための条件整備です。また、専門教員や分かりやすい教材、個別の学習評価は、帰国児童や読み書きに困難を抱える子供を含め、学校全体の指導改善にもつながります。
今後の政策で確認すべき五つの指標
支援人数を数えるだけでなく、就学から卒業後まで結果を追う必要があります。
政府の「外国人との共生社会の実現に向けたロードマップ」は、日本語教育、相談体制、ライフステージに応じた支援を重点事項に掲げています。次の改定や予算審議では、事業数ではなく、子供に届いた結果を確認すべきです。
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就学状況を確認できない子供が減ったか
案内の発送件数ではなく、本人の就学先まで追えているかが重要です。 -
必要な子供が指導を受けられたか
日本語指導の実施率に加え、個別計画、指導時間、能力評価の有無を見ます。 -
居住地による格差が縮まったか
都道府県別、市町村規模別に、教員や支援員へのアクセスを比較する必要があります。 -
高校進学後の中退が減ったか
入試の特別枠だけでなく、入学後の教科学習と進路相談まで追跡します。 -
保護者へ情報が届いたか
通知の翻訳件数ではなく、面談参加、制度理解、相談への接続を検証します。
まとめ――受け入れ政策と教育政策を一体で設計する
事実として、日本語指導が必要な児童生徒は国公私立で8万8,045人に達し、公立学校の支援対象も急増しています。日本語指導が必要な生徒には、進学、中退、就職で全体との差が残っています。
政策として必要なのは、外国人児童を「一時的な転入者」と見る発想からの転換です。就学状況を把握し、教科を学べる日本語を保障し、高校卒業後まで支援を切らさない。その費用は、教育支出であると同時に、将来の就労、納税、地域参加を支える社会基盤への投資です。
次に見るべきは、2026年度まで進めてきた教員定数の基礎定数化が現場でどこまで機能したか、そして2027年度以降も散在地域と高校段階への支援を継続・強化できるかです。外国人材の受け入れ人数を議論するなら、その子供が学校で学び続けられる体制まで同じ政策表に載せなければなりません。
