後継者がいない会社を「廃業」で終わらせない 事業承継が雇用と地域経済を守る条件
中小企業の後継者不足は、単に会社の数を減らす問題ではない。黒字であっても経営者が交代できなければ、従業員の仕事、取引先の売上、地域の生活サービス、蓄積された技術が一緒に失われる。
後継者不在率は改善しているものの、2025年時点でも調査対象企業の半数に後継者がいないか、決まっていない。必要なのは、親族への相続だけを想定した支援ではなく、従業員承継や第三者承継を早期に選べる仕組みと、承継後の雇用・投資まで確認する政策である。
この記事で分かること
- 後継者不足が雇用や取引網に波及する仕組み
- 親族内承継、従業員承継、第三者承継の違い
- 税制、相談窓口、補助金で支援できる範囲
- M&Aを増やすだけでは解決しない理由
- 経営者、従業員、自治体が早めに確認すべきこと
後継者不在率は改善しても、問題は解消していない
数字は改善しているが、承継を必要とする企業の母数はなお大きい。
帝国データバンクが約27万社を分析した2025年調査では、後継者が「いない」または「未定」の企業は13万8,000社、後継者不在率は50.1%だった。前年より2.0ポイント低く、7年連続で改善している。
これは相談窓口の整備や、親族外の人材を後継者にする動きが進んだ成果とみられる。一方、半数という水準を「解決済み」とは呼べない。中小企業庁の2025年版中小企業白書も、60歳以上の経営者が過半数を占めると指摘している。
さらに、法人と個人事業では事情が違う。法人企業では約3割が親族内承継を考えている一方、個人企業では約4割が「現在の事業を継続するつもりはない」と回答した。個人商店、修理業、建設業者、地域交通などでは、会社の廃業がそのまま住民の不便につながる場合がある。
問題を見るときは、次の三つを分ける必要がある。
- 後継者候補そのものがいない
- 候補はいるが、株式・借入金・経営能力の問題で引き継げない
- 経営者が廃業を選び、承継の検討を始めていない
候補者探しだけでは、二つ目と三つ目は解決しない。
廃業の打撃は従業員だけで終わらない
失われるのは一社の雇用ではなく、その会社につながる仕事と機能である。
従業員は転職できても、同じ条件とは限らない
人手不足の地域なら、廃業した会社の従業員が別の勤務先を見つけられる可能性はある。しかし、職種、勤務地、勤務時間、賃金が同じとは限らない。
介護や子育てのため自宅近くで働く人、熟練技能を生かせる企業が地域に一社しかない人には、事業所の消滅が生活設計の変更を迫る。高齢の従業員ほど、通勤圏外への転職や職種転換が難しくなる場合もある。
取引先には「代わりの利かない穴」が開く
中小企業庁は、取引先の承継を支援して供給網を維持する「サプライチェーン事業承継」の重要性を示している。
例えば、小さな部品会社でも、特定の加工技術や短納期への対応を担っていれば、その廃業は発注元の生産を止めかねない。地域の工務店や設備業者が減れば、災害復旧やインフラ補修の人手も薄くなる。
ここがポイント: 後継者不足は「経営者一家の相続問題」ではない。従業員、発注企業、利用者、自治体に損失が広がるため、地域の産業基盤を守る政策として扱う必要がある。
廃業と新陳代謝は同じではない
採算の取れない事業を公費で無期限に残すべきではない、という反論は妥当だ。人口が減る地域では、すべての企業を現状のまま維持することもできない。
ただし、競争力がなく退出する企業と、利益や顧客、技術があるのに後継者だけが決まらず閉じる企業は区別すべきである。政策の役割は会社名を残すことではなく、市場で必要とされる事業と雇用を、引き継げる主体へ移すことにある。
事業承継には三つの道がある
親族内承継だけに絞らず、従業員と第三者を早く選択肢に入れるほど廃業を避けやすい。
親族内承継
子や親族が株式と経営を引き継ぐ方法で、取引先や従業員から理解を得やすい。一方、本人に経営意思や能力があるとは限らず、株式の集約、相続人間の調整、個人保証の扱いも課題になる。
法人版事業承継税制の特例措置では、一定の要件を満たす非上場株式について贈与税・相続税の納税猶予を受けられる。2026年8月時点で、特例承継計画の提出期限は2027年9月30日、対象となる株式取得の期限は2027年12月31日である。
ただし、税負担が軽くなっても、後継者の経営能力や事業の採算性は改善しない。税制は承継を妨げる障害を取り除く手段であり、事業再建策の代わりではない。
従業員承継
役員や従業員が経営を引き継ぐ方法は、事業と職場をよく知る人に任せられる点が強い。2025年の後継者動向調査では、内部昇格が同族承継を上回る兆しも示された。
難所は株式の取得資金と個人保証だ。経営者として適任でも、多額の自社株を買えるとは限らない。金融機関、保証協会、支援機関が早く入り、株価、借入金、保証解除の条件を組み立てる必要がある。
第三者承継・M&A
親族や社内に候補がいなければ、他社や外部の個人へ事業を譲る方法がある。買い手の販路、資金、人材を使い、事業を成長させられる可能性もある。
一方で、売り手と買い手の情報格差は大きい。仲介手数料、利益相反、買収後の経営方針、個人保証の解除などを契約前に確認しなければならない。中小企業庁のM&A支援機関登録制度には、2026年2月20日時点で3,235件のFA・仲介業者が登録されているが、登録の有無だけで案件の安全性が保証されるわけではない。
政策支援は「成約件数」から一歩進めるべきだ
承継契約を成立させるだけでなく、その後に雇用と事業が残ったかを測る必要がある。
政府は、事業承継・引継ぎ支援センター、税制、補助金、後継者育成、M&A支援機関の登録などを組み合わせている。2025年度当初予算では、中小企業活性化・事業承継総合支援事業に144億円、2024年度補正予算に61億円が計上された。
支援の方向は妥当だが、評価指標には改善の余地がある。相談件数やM&Aの成約件数だけでは、承継後に何が起きたか分からないからだ。
政策効果を測るなら、少なくとも次を追うべきである。
- 承継から3年、5年後の事業継続率
- 従業員数、賃金、勤務地の変化
- 地域内の取引額や主要取引先の維持
- 設備投資、生産性、新規事業の実績
- 個人保証の解除状況
- 買い手による資産売却や事業停止の有無
事業承継後の成長率が同業種平均を上回るという中小企業白書の整理もある。承継は守りだけではない。若い経営者が既存の技術や顧客基盤を使い、新商品、デジタル化、海外展開に動く契機にもなる。
雇用を守るために越えるべき制度上の壁
雇用維持は重要だが、承継方法によって労働契約の扱いが異なる。
株式譲渡で会社そのものの所有者が変わる場合、雇用主である法人は変わらない。これに対し、事業譲渡では労働契約を移すため、原則として労働者本人の承諾が必要になる。会社分割には労働契約承継法に基づく手続がある。
この違いは従業員にとって大きい。経営者と仲介業者だけで話を進め、従業員への説明が遅れれば、不安から中核人材が退職し、企業価値そのものが下がるおそれがある。
承継時には、次の情報を適切な時期に説明する必要がある。
- 雇用主や勤務場所は変わるのか
- 賃金、労働時間、退職金はどう扱われるのか
- 事業所の統廃合予定はあるのか
- 誰が新しい経営責任者になるのか
- 技能、顧客情報、安全管理をどう引き継ぐのか
すべての雇用を永久に固定する約束は現実的ではない。それでも、買い手の計画と従業員への説明を承継前に確認することは、突然の離職と事業価値の毀損を防ぐ。
M&A万能論にも、廃業容認論にも限界がある
最適な承継方法は、企業の採算性、地域での役割、買い手の質によって変わる。
M&Aを進めればよいという見方
市場を通じて良い買い手を探せる点は強い。規模拡大によって人事、経理、IT、採用を共通化できれば、小規模企業単独では難しい投資も可能になる。
しかし、買い手が見つかりやすいのは、利益、顧客、技術が外部から評価しやすい企業である。規模が小さく、帳簿や契約関係が整理されていない企業、離島や人口減少地域の生活サービスは、社会的に必要でも売買価格がつきにくい。
市場に任せて廃業させるべきという見方
生産性の低い事業を温存すれば、人材や資金が成長企業へ移らないという懸念がある。公的支援には費用がかかり、後継者不足を理由に赤字企業を延命すれば財政負担も増える。
だからこそ、支援対象は選ぶべきだ。地域で代替できないサービス、供給網の重要工程、技能や知的財産、安定した顧客基盤があるかを確認する。残すべきなのは経営者の地位ではなく、経済的・社会的な価値である。
地域政策としての事業承継
自治体は、個別企業の売買を主導するより、商工団体、金融機関、税理士、事業承継・引継ぎ支援センターをつなぐ役割に向く。経営者が元気なうちに相談へつなげることが重要だ。
特に確認すべき業種は、地域によって異なる。
- 建設・設備:災害復旧、除雪、公共施設の維持
- 医療・介護:高齢者の生活と家族の就労
- 小売・交通:買い物や通院の移動手段
- 製造業:地域の雇用と広域サプライチェーン
- 農林水産業の関連事業:加工、保管、修理、資材供給
一律の補助金ではなく、地域で欠けると困る機能を先に把握する必要がある。
経営者と従業員が今から確認すべきこと
最大のリスクは、決断を先送りして病気や死亡をきっかけに突然承継へ入ることだ。
経営者は、引退直前ではなく、複数の選択肢を比較できる段階で準備を始めたい。
経営者側の確認事項
- 株主、借入金、個人保証、許認可、契約を一覧にする
- 親族と従業員に承継意思を個別に確認する
- 自社株や事業用資産の評価を把握する
- 顧客、技能、知的財産など譲渡価値を言語化する
- 第三者承継を含め、支援センターや金融機関へ相談する
従業員側の確認事項
正式な方針が示されたら、雇用主、労働条件、勤務地、退職金、社会保険、事業所の存続予定を確認する。従業員承継を打診された場合は、経営権だけでなく株式取得資金、借入金、個人保証、経営支援を一体で検討すべきだ。
今後の注目点
次に見るべきなのは、制度の利用件数ではなく、承継後の企業が地域で働き続けられるかである。
2026年8月以降は、次の点が政策判断の焦点になる。
- 法人版事業承継税制の特例期限後をどう設計するか
- M&A仲介の資格・登録・監督をどう実効的にするか
- 小規模で売却価格がつきにくい事業を誰が引き継ぐか
- 承継後の雇用、賃金、設備投資をどう検証するか
- 自治体が地域に不可欠な事業をどこまで把握できるか
後継者不在率が下がるだけでは十分ではない。経営者が交代した後も、従業員が働き、取引先へ品物が届き、住民が必要なサービスを使えるか。事業承継政策の成否は、その具体的な結果で判断されるべきだ。
