「同じ仕事なら同じ待遇」は道半ば 非正規2128万人と2026年改正の焦点
結論から言えば、同一労働同一賃金は制度として前進したが、結果としては実現していません。2025年の所定内給与は、正社員・正職員を100とすると正社員・正職員以外は67.4。しかも、雇用形態による差が合理的かどうかを労働者が確かめるには、仕事内容や責任、転勤の範囲、手当の目的を一つずつ比較する必要があります。
政府は施行5年後の見直しを経て、2026年10月1日に説明ルールとガイドラインを改正します。ただし、今回の改正は一律の賃金表を義務付けるものではありません。待遇差を見えるようにし、賞与、退職手当、休暇などを判例に沿って点検し直す改正です。
この記事で分かること
- 「同一労働同一賃金」が実際に禁止している待遇差
- 2025年の賃金・雇用統計から見える格差の現在地
- 2026年10月改正で労働条件通知書や手当がどう変わるか
- 格差是正を賃上げと正社員化につなげるための課題
何が起きているのか――制度は定着しても格差は残った
法整備の完了と、待遇格差の解消は別の話です。
パートタイム・有期雇用労働法は大企業に2020年4月、中小企業にも2021年4月から全面適用されました。労働者派遣法の関連規定も2020年4月に施行されています。
制度が対象にするのは、同じ企業・団体で働く正規雇用労働者と、パート、有期契約、派遣などの非正規雇用労働者です。基本給だけでなく、次の待遇も比較対象になります。
- 賞与、退職手当、通勤手当などの賃金
- 食堂、更衣室、休憩室などの福利厚生施設
- 病気休職、夏季・冬季休暇
- 教育訓練や正社員転換の機会
一方、「非正規なら正社員と同じ額を必ず支払う」という制度ではありません。企業は待遇の目的ごとに、職務内容、責任、配置転換の範囲などを比較し、不合理な差を設けてはならないとされています。
非正規雇用は例外的な働き方ではない
総務省の労働力調査によると、2025年平均の非正規の職員・従業員は2128万人で、前年より2万人増えました。男性は678万人、女性は1450万人です。
非正規になった主な理由で最も多かったのは「自分の都合のよい時間に働きたいから」の757万人でした。柔軟な働き方を選ぶ人が多いことは確かです。同時に、男性では「正規の職員・従業員の仕事がないから」と答えた人も85万人いました。
つまり、非正規雇用をすべて不本意な就業とみなすのも、すべて自由な選択とみなすのも実態に合いません。制度が目指すべきなのは雇用形態を一つに統一することではなく、柔軟な働き方を選んでも、仕事内容と関係のない不利益を受けない市場です。
賃金差67.4という数字をどう読むか
平均賃金の差は依然大きいものの、その全額が直ちに違法な待遇差を意味するわけではありません。
厚生労働省の2025年賃金構造基本統計調査では、一般労働者の所定内給与額は次の通りでした。
- 正社員・正職員:月35万8800円
- 正社員・正職員以外:月24万1700円
- 雇用形態間賃金格差:67.4(正社員・正職員=100)
前年の66.9からは0.5ポイント縮小しました。非正社員側の賃金は前年比3.7%増え、正社員側の2.9%増を上回っています。しかし、月額では11万7100円の差が残ります。
年齢とともに開く差
若年層より中高年層で差が大きい点が重要です。正社員を100とした比率は、20~24歳で82.2、30~34歳で72.8、45~49歳で59.0、55~59歳では54.8でした。
正社員の賃金は勤続、昇格、担当範囲の拡大に伴って上がりやすい一方、非正社員の賃金カーブは比較的平らです。入口の時給だけを近づけても、評価、昇給、教育訓練、役割拡大の仕組みが分断されたままなら、生涯所得の差は残ります。
大企業ほど比率が低いという逆説
企業規模別では、正社員を100とした非正社員の賃金は大企業60.7、中企業69.3、小企業72.7でした。
これは、小企業の方が待遇制度を整備できているという単純な話ではありません。大企業では正社員の賃金水準や昇進カーブが高く、正社員と非正社員の賃金制度が別建てになりやすいことも数字に表れます。大企業の正社員は月41万4100円、正社員以外は25万1500円で、差は16万2600円でした。
統計だけでは違法性を判定できない
賃金構造基本統計調査は、異なる年齢、勤続年数、職種、責任を持つ人々を雇用形態別に集計しています。一方、法律が問うのは、特定企業内の比較可能な労働者間で、個々の待遇差に合理的な理由があるかです。
したがって、67.4という数字は「格差が解消していない」ことを測る重要な指標ですが、「残る32.6ポイントがすべて違法」とは言えません。反対に、平均値が改善しても、同じ店舗で同じ責任を負う契約社員だけに手当や休暇がないなら、個別の問題は残ります。
ここがポイント: 同一労働同一賃金の成否は、平均賃金を一つ比べるだけでは判断できません。基本給、賞与、手当、休暇ごとに「何のための待遇か」と「その目的が双方に当てはまるか」を確認する必要があります。
2026年10月改正で何が変わるのか
今回の改正の中心は、待遇差を質問できる権利の可視化と、判例を反映した点検範囲の拡大です。
施行5年後の見直しを受け、厚生労働省は2026年4月28日に改正省令・告示を公布しました。新ルールは同年10月1日から施行・適用されます。厚生労働省の改正資料によると、主な変更は三つです。
労働条件通知書に「説明を求められる」と明記
企業はパート・有期労働者を雇い入れる際、正社員との待遇差の内容や理由について説明を求められる旨を、文書などで明示しなければなりません。
従来も、労働者が求めれば企業には説明義務がありました。問題は、その権利自体を知らない人が質問できなかったことです。2026年10月以降は、昇給、退職手当、賞与の有無、相談窓口と並んで、説明を求められる旨が労働条件通知書に入ります。この明示義務に違反した場合は10万円以下の過料の対象です。
ただし、通知書に一文を加えるだけで待遇が改善するわけではありません。労働者が比較対象や待遇の目的を理解できる説明になっているかが問われます。
賞与・退職手当・各種手当を具体化
改正ガイドラインには、裁判例を踏まえて次の考え方が追加・充実されます。
- 賞与・退職手当:労務の対価の後払いや功労報償などの目的が非正社員にも当てはまるなら、職務などの違いに応じた均衡ある支給をしないことが不合理となる可能性がある
- 無事故手当:業務内容が同じなら同一の支給が必要
- 家族手当:契約更新を重ね、相応に継続勤務が見込まれる人には同一の支給が必要
- 住宅手当:転居を伴う配置変更に対応する手当なら、同じ配置変更がある人には同一の支給が必要
手当の名称ではなく、支給目的と実際の働かせ方が判断軸になります。「正社員向け手当だから」という説明だけでは足りません。
休暇と福利厚生も点検対象になる
改正ガイドラインは、福利厚生施設の利用条件、病気休職中の給与保障、夏季・冬季休暇、勤続に対する褒賞についても具体例を示します。
同じ期間働いているのに契約社員だけ夏季休暇がない、継続勤務が見込まれる有期社員だけ病気休職中の保障がない、といった制度は再点検が必要です。時給差より見えにくいものの、病気や育児など生活上のリスクに直面したとき、こうした差が家計を直撃します。
なぜ法律があっても格差は埋まらないのか
最大の壁は、比較の難しさと、正社員・非正社員で分断された人事制度です。
「同じ仕事」の判定が単純ではない
店舗や事務所で同じ作業をしていても、企業は責任、異動、転勤、緊急時対応、部下の管理などの違いを待遇差の理由に挙げます。実際に違いがある職場もあります。
しかし、就業規則上は正社員に転勤可能性があっても、長年一度も転勤させていない場合や、契約社員が事実上リーダー業務を担っている場合もあるでしょう。肩書や制度上の可能性だけでなく、実態をどこまで見るかが争点になります。
労働者側から証拠を集めにくい
自分の給与明細は見られても、比較対象となる正社員の賃金表、評価基準、異動範囲は分からないことが少なくありません。説明を求めても、抽象的な回答だけでは不合理性を判断できません。
2025年10月の労働政策審議会資料でも、労働者が不合理な待遇を立証する難しさや、待遇差の説明を書面で残す必要性が議論されました。一方、企業側からは、契約や待遇変更のたびに書面説明を義務付ければ現場負担が増えるとの意見も出ています。
2026年改正は説明を求める権利の周知を強めましたが、使用者に待遇差の合理性を全面的に立証させる仕組みへの転換までは踏み込んでいません。
賃金表そのものが接続していない
正社員は職能給や役割給、パートは地域の時給相場、契約社員は個別契約というように、入口から別々の物差しで賃金を決める企業があります。この状態では、仕事が増えても非正社員の等級が上がらず、正社員との比較も困難です。
必要なのは、全員を同じ雇用形態にすることではありません。少なくとも共通する職務について、役割、技能、責任を共通の尺度で評価し、昇給経路をつなぐことです。
家計・企業・国益への影響
待遇差の是正は分配政策であると同時に、人手不足下の労働力政策です。
働く人と家計
非正規雇用は女性に偏っています。2025年平均では、非正規2128万人のうち女性が1450万人を占めました。待遇差を放置すれば、世帯内の収入差だけでなく、単身世帯やひとり親世帯の生活安定にも影響します。
また、月例賃金だけでなく、賞与、病気休職、教育訓練の差は将来の選択肢を狭めます。病気になれば収入が止まり、技能を身につける機会がなければ昇給や転職も難しくなるからです。
企業経営
企業にとっては、人件費と制度改定の負担が増えます。とりわけ中小企業では、職務評価の設計や就業規則の改定を担う人材が限られます。
一方、低い待遇を前提に人を確保する経営も、人手不足の中では持続しにくくなっています。待遇の根拠を明確にすれば、採用時の説明がしやすくなり、離職や紛争の予防にもつながります。厚生労働省は、働き方改革推進支援センターによる無料相談、キャリアアップ助成金、職務分析・職務評価の導入支援を用意しています。
日本経済と国益
日本の生産年齢人口が減る中、2128万人を「補助的な労働力」として扱い続ける余裕はありません。能力を発揮しても評価や訓練につながらない職場が広がれば、労働移動も生産性向上も進みにくくなります。
ただし、法規制だけで賃金原資は生まれません。価格転嫁、生産性投資、職務の整理、教育訓練を組み合わせなければ、企業が雇用時間の削減や採用抑制で調整する可能性があります。待遇差の是正と企業の支払い能力を別々に論じないことが重要です。
賛成論・反対論と現実的な着地点
問われているのは規制の有無ではなく、実効性と雇用の柔軟性をどう両立するかです。
規制強化を求める立場
規制強化を求める側には、次の根拠があります。
- 平均賃金差が依然として大きい
- 労働者が比較対象や賃金制度を把握しにくい
- 説明を求めること自体に心理的な負担がある
- 手当や休暇の差は雇用区分だけで機械的に決められやすい
この立場からは、企業がより具体的な比較資料を交付することや、待遇差の合理性について使用者側の説明責任を強めることが課題になります。
企業負担を懸念する立場
慎重論にも現実的な理由があります。
- 職務、責任、転勤範囲が完全に同じ労働者は少ない
- 詳細な職務評価には時間と専門知識が必要
- 一律の制度は柔軟な勤務時間や職種別採用を妨げる可能性がある
- 急激な人件費増は、採用抑制や業務委託への切り替えを招き得る
そのため、単純な賃金一律化より、待遇ごとの目的を明確にし、共通の評価軸と段階的な改善計画を作る方が実務に適します。
現実的な着地点
政策として優先すべきなのは、次の三点です。
- 労働条件通知書に、比較対象、質問窓口、回答期限を分かりやすく示す
- 企業が職務・責任・異動範囲を共通の様式で棚卸しできるよう、中小企業への専門家支援を厚くする
- 行政指導件数だけでなく、説明後にどの待遇がどう改善したかを継続的に検証する
権利を知らせるだけで終わらず、質問への回答が賃金表や休暇制度の改善につながったかまで追う必要があります。
労働者と企業が2026年10月までに確認すべきこと
次の焦点は、改正された書類が実際の待遇点検につながるかです。
労働者は、正社員と仕事が似ていると感じたら、給与総額だけでなく項目ごとに確認すると論点を整理しやすくなります。
- 基本給の決定基準と昇給条件
- 賞与・退職手当の支給目的
- 通勤、家族、住宅、無事故など各種手当
- 病気休職、夏季・冬季休暇、福利厚生施設
- 教育訓練と正社員転換制度
企業側は、労働条件通知書の差し替えだけでは不十分です。就業規則、賃金規程、休暇規程、福利厚生の運用を横断して確認し、差があるならその目的と理由を説明できる状態にする必要があります。
説明を求めたことを理由とする解雇などの不利益な取り扱いは禁止されています。説明が得られない、または話し合いが進まない場合は、都道府県労働局の雇用環境・均等部(室)で無料相談や紛争解決援助を利用できます。
まとめ――実現度を測るのは「質問の先」
同一労働同一賃金は、禁止規定を置く段階から、職場ごとの説明と制度改定を実行する段階へ移りました。 2025年には非正社員の賃金上昇率が正社員を上回ったものの、賃金水準は67.4にとどまります。年齢が上がるほど差が広がる構造も残っています。
2026年10月改正で注目すべきなのは、通知書の文言が変わった件数ではありません。
- 労働者が実際に待遇差を質問できたか
- 企業が具体的な資料と理由を示したか
- 賞与、手当、休暇、教育訓練が改善したか
- 人件費増を採用抑制ではなく、生産性向上と価格転嫁で吸収できたか
この四点が動かなければ、「説明できる格差」が残るだけです。次に政府が公表すべきなのは制度の周知率だけでなく、説明を受けた労働者の割合と、その後に待遇が変わった件数でしょう。
