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避難所は「備蓄」だけでは変わらない――防災予算に残る5つの壁

簡易ベッドや間仕切りが整備された学校体育館の避難所。

避難所は「備蓄」だけでは変わらない――防災予算に残る5つの壁

避難所の環境改善が進みにくい最大の理由は、国の予算が少ないことだけではありません。整備する市町村、施設を管理する学校、費用を支援する国、発災後に運営する職員や住民が分かれ、設備と人員を一体で準備しにくいことが根本にあります。

国は能登半島地震の教訓を受け、トイレ、簡易ベッド、温かい食事、入浴設備などへの支援を拡充しました。しかし、車両や資機材を購入しても、断水時に使えるか、誰が運ぶか、避難所開設直後から設置できるかまで決めなければ、生活環境は改善しません。

この記事で押さえる要点は次の4つです。

  • 避難所の生活環境を整える第一義的な実施主体は市町村で、自治体間の財政力・人員差が表れやすい
  • 国の予算は増えたが、施設改修、備蓄、輸送、福祉、運営人材が複数制度に分かれている
  • 購入費だけでなく、保管、点検、訓練、更新、発災時の運用費まで見なければ実効性は測れない
  • 今後は「何を買ったか」ではなく「発災後何時間で、何人に、どの水準の生活を提供できるか」が評価軸になる
目次

能登半島地震後、避難所政策は何を変えたのか

政策の方向は、床に雑魚寝する場所の確保から、健康と尊厳を守る生活支援へ移っています。

2024年1月の能登半島地震では、道路寸断、断水、停電、寒さ、高齢化が重なりました。内閣府の検討では、避難所開設時からパーティションや簡易ベッドを設置すること、温かい食事を提供すること、トイレカーやランドリーカーなどを迅速に投入することが課題として整理されています。

これを受け、内閣府は2024年12月に「避難生活における良好な生活環境の確保に向けた取組指針」などを改定しました。指針は、市町村に対し、次の資機材を平時から確保するよう求めています。

  • 携帯トイレ、簡易トイレ
  • パーティション、簡易ベッド、毛布
  • 炊き出し設備と食料・飲料水
  • 入浴設備
  • 要配慮者に必要な物資や支援体制

重要なのは、避難所に来た人だけを対象にしていない点です。災害対策基本法第86条の7は、在宅避難者や車中泊避難者など、避難所に滞在できない被災者にも物資、保健医療、情報を提供するよう求めています。

ここがポイント: 避難所政策の対象は「体育館という場所」ではなく、避難所外も含む「被災した人の生活」へ広がっています。必要な予算も、施設整備費だけでは足りません。

防災予算は増えたが、すべてが避難所に届くわけではない

国の防災予算の増額と、各地域の避難所が実際に改善することは同義ではありません。

内閣府の2025年版防災白書によると、内閣府防災担当の2024年度補正予算は350.5億円でした。このうち288.5億円は災害救助費などであり、残りがすべて避難所の設備購入に使われるわけではありません。

避難生活に関係する主な措置には、次のようなものがありました。

  • 新地方創生交付金の「地域防災緊急整備型」:1,000億円の内数
  • 自治体の資機材整備:783件、141億円を採択
  • 国のプッシュ型支援物資の分散備蓄:13.6億円
  • キッチンカー、トイレカーなどの登録制度:1.0億円

さらに、2026年度予算資料では、防災部門と防災庁設置準備室の当初予算案を合計202億円とし、新たな「防災力強化総合交付金」に35億円、プッシュ型支援物資の分散備蓄拡充に6.5億円を計上しました。2025年度補正予算122億円も併用する構成です。

数字だけを見れば拡充です。ただし、予算には司令塔機能、防災情報システム、調査研究、被災者生活再建支援金なども含まれます。「防災予算が増えたから、近所の体育館に空調や十分なトイレが付く」とは限らないのです。

交付金は自治体の計画と執行力を必要とする

国の交付金は、自治体が地域のリスクを調べ、計画を作り、対象事業を選び、申請・調達することで初めて設備に変わります。

人口が少ない自治体ほど職員数が限られます。防災担当者が、避難所計画、備蓄管理、訓練、福祉部門との調整、国への申請を兼務する例も想定されます。補助制度があっても、計画を作り執行する人員が足りなければ活用は遅れます。

補正予算だけでは継続的な更新が難しい

大災害後の補正予算は、緊急整備を加速するうえで有効です。一方、携帯トイレや食料には使用期限があり、発電機、空調、車両には点検費や燃料費がかかります。

単年度の購入費を確保しても、その後の一般財源で維持できなければ、数年後に使えない備蓄が残るおそれがあります。防災を恒常的な行政サービスとして扱うなら、更新周期まで含む複数年度の費用管理が必要です。

なぜ改善が進みにくいのか――5つの構造的な壁

問題は設備の価格より、平時の行政制度が災害時の生活を分割して扱っていることです。

1.国が基準を示し、市町村が現場を担う

災害対策基本法では、市町村長が指定避難所を指定します。国は指針、交付金、プッシュ型支援で後押ししますが、地域ごとの避難所配置、備蓄、運営体制を決めるのは主に自治体です。

この仕組みは地域事情を反映しやすい反面、財政力、職員数、首長や議会の優先順位によって準備状況に差が生じます。全国共通の最低水準が曖昧なまま努力義務と個別支援を重ねても、改善速度はそろいません。

2.体育館は避難生活専用施設ではない

多くの避難所は学校や公民館です。平時には授業、スポーツ、地域活動に使われます。

空調、非常用電源、シャワー、バリアフリー、マンホールトイレを整備する場合、防災部局だけでは決められません。教育委員会、施設管理部門、福祉部門、上下水道部門との調整が必要です。工事中の利用停止や、学校再開との両立も考えなければなりません。

3.設備予算と運営予算が分かれている

段ボールベッドを購入しても、倉庫から運ぶ車両と人がいなければ開設時に並びません。トイレカーがあっても、道路、給水、汚物処理、清掃、照明、防犯の手順が欠ければ継続利用できません。

必要なのは、設備一式ではなく次の連鎖です。

  • 調達と地域内・広域の備蓄
  • 保管場所と在庫管理
  • 避難所までの輸送
  • 設置・運転・清掃を担う人員
  • 燃料、給水、排水、廃棄物処理
  • 故障時の修理と代替手段

どれか一つが切れると、購入した資機材は被災者の生活改善につながりません。

4.最も支援が必要な人ほど一般仕様では足りない

高齢者、障害者、妊産婦、乳幼児、持病のある人には、床面、室温、食事、服薬、移動、排せつの条件が健康に直結します。女性や子どもの更衣・授乳・防犯への配慮も必要です。

一般避難所の設備を一律に増やすだけでは不十分です。福祉避難所への移送、介護・医療職との連携、個別スペース、アレルギー対応食まで準備して初めて、災害関連死の抑制につながります。

5.成果が「購入数」で測られやすい

車両やベッドの台数は予算執行の結果として示しやすい数字です。しかし、本当に知りたいのは、断水・停電・道路寸断が起きたときの提供能力です。

例えば、次の問いに答えられる必要があります。

  • 発災後6時間、24時間、72時間で何か所を開設できるか
  • 想定避難者数に対してトイレを何回分確保できるか
  • 簡易ベッドと間仕切りを誰が何時間で設置するか
  • 温かい食事を1日何食、何日間提供できるか
  • 在宅避難者と車中泊避難者をどう把握するか

この能力を訓練で検証しなければ、台帳上の備蓄と災害時の供給力を区別できません。

生活者への影響は誰にでも同じではない

避難所の質が低いほど、避難をためらう人と健康を損なう人が増えます。

乳幼児のいる家庭やペット同行者は、周囲への迷惑を恐れて車中泊を選ぶことがあります。高齢者は床から立ち上がれず、トイレを控えるために水分を減らす可能性があります。障害のある人は騒音、段差、情報不足によって一般避難所を利用できないことがあります。

その結果、支援対象が避難所の外へ分散します。行政には、避難所の改善と同時に、在宅・車中泊避難者を把握して物資や保健医療につなぐ体制が必要です。

地域の事業者にも影響します。キッチンカー、バス、旅館、運送会社、清掃会社、介護事業所などと平時に協定を結べば、地域の設備と人材を災害時に転用できます。ただし、無償協力を前提にすれば継続しません。待機費、燃料費、人件費、損害時の補償を契約に明記する必要があります。

国が一括整備すべきか、自治体に任せるべきか

全国共通の最低水準は国が支え、配置と運用は地域が設計する組み合わせが現実的です。

国による一括整備には、大量調達で価格を抑え、財政力の弱い自治体を補完できる利点があります。全国8地域で進められた分散備蓄は、被災自治体の在庫だけに依存しない仕組みです。

一方、大規模災害では道路や港が使えず、国の物資がすぐ届かない場合があります。地域内備蓄を削って中央備蓄に寄せすぎると、初動が遅れます。

現実的な役割分担は次の通りです。

  • 市町村:最初の72時間を支える備蓄、避難所ごとの運営計画、住民参加の訓練
  • 都道府県:市町村間の格差補完、広域倉庫、輸送調整、専門人材の派遣
  • :最低水準、財政支援、広域応援、分散備蓄、民間設備の全国登録
  • 民間・NPO:食事、入浴、洗濯、福祉、物流など専門サービスの提供

自治体任せでも、国の一括管理でも完結しません。複数層の備蓄と相互応援を重ねることが、輸送が止まった場合の保険になります。

防災庁の設置で何が変わり、何が残るのか

新しい司令塔は省庁間の調整を改善できますが、地域の実働部隊を自動的に増やすものではありません。

2026年7月17日、防災庁設置法が公布されました。政府は、平時の事前防災から復旧・復興までを一貫して担う司令塔機能の整備を進めています。

防災庁に期待されるのは、避難所を巡って分かれている制度をつなぐことです。学校施設の空調、上下水道、福祉避難所、災害医療、物資輸送、地方財政を、共通の被害想定と目標で調整できれば、縦割りの改善につながります。

ただし、市町村の人手不足、老朽施設、輸送路の脆弱性は組織再編だけでは解消しません。新組織の評価は、看板や定員ではなく、自治体の準備能力がどこまで底上げされたかで行うべきです。

今後、予算資料で確認すべき5項目

見るべきなのは総額より、避難者一人ひとりに届くまでの設計です。

今後の予算、交付金、自治体計画では、次の点が重要になります。

  • 防災力強化総合交付金が、財政力の弱い自治体にも使いやすい制度になっているか
  • 資機材の購入後に、保管・点検・更新・訓練費が確保されているか
  • トイレ、食事、ベッド、室温について、時間別・人数別の提供目標があるか
  • 福祉避難所と在宅・車中泊避難者への支援を同じ計画で扱っているか
  • 訓練で判明した不足を、翌年度の予算と地域防災計画に反映しているか

まとめ――避難所を臨時の床ではなく生活基盤として予算化する

事実として、国は能登半島地震後に指針を改定し、自治体向け交付金、国の分散備蓄、災害対応車両の登録などを進めました。2026年度には新たな交付金も盛り込まれ、防災庁の制度整備も進んでいます。

それでも改善が遅れるのは、自治体の財政力だけが原因ではありません。施設、設備、人員、物流、福祉、維持費が別々に扱われ、発災時の提供能力を一つの指標で管理できていないからです。

次に自治体の防災計画や予算を見るときは、備蓄品の台数だけでなく、「断水と停電の中で、誰が、何時間以内に使える状態にするのか」を確認したいところです。その答えが書かれていなければ、避難所環境の改善はまだ購入計画の段階にとどまっています。

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