70歳まで働ける職場に何が必要か――10月9日の高齢者雇用フォーラムから考える
高齢者が働き続けられる職場を増やすには、雇用年齢の引き上げと同時に、賃金、勤務時間、安全対策を変える必要がある。10月9日に予定されている厚生労働省などの高年齢者活躍企業フォーラムでは、その具体例が紹介される。政策として問うべきなのは、働ける年齢の高さだけでなく、本人が納得できる条件で仕事を続けられるかだ。
家計にとっては退職後の収入、企業にとっては人材の確保に直結する。ただし、雇用の延長を、健康や介護事情にかかわらず長く働くよう求める仕組みにしてはならない。
- 65歳までの雇用確保は企業の義務、70歳までの就業確保は努力義務。
- 受賞企業の事例には、能力に応じた賃金、休暇の選択、安全設備の整備がある。
- 海外でも雇用年齢の引き上げが進むが、日本で制度を変える際は企業の負担と働く人の条件を併せて見る必要がある。
10月9日のフォーラムで何が示されるのか
この日の焦点は、すでに選ばれた企業の工夫を、ほかの職場でどう実践できるかにある。
厚生労働省は2026年9月16日、「高年齢者活躍企業コンテスト」の入賞企業29社を公表した。最優秀賞は、静岡県浜松市で交通誘導警備・施設警備を手掛ける株式会社エヴァーブルー。10月9日13時から東京で表彰式を開き、事例発表などを行う予定としている。受賞決定は9月の発表であり、10月9日に新しい雇用義務が決まるという話ではない。厚生労働省の発表
高齢・障害・求職者雇用支援機構(JEED)の開催案内では、表彰式の後に上位入賞企業の事例発表、基調講演、トークセッションが組まれている。会場参加とライブ配信を併用する。フォーラムの開催案内
表彰そのものが家計の収入を増やすわけではない。そこで示される勤務制度や設備の改善が、企業の就業規則や現場の運用に移されて初めて、暮らしへの効果が生まれる。
「65歳まで」と「70歳まで」は制度が違う
まず、企業に求められる措置を分けて押さえたい。
高年齢者雇用安定法の下では、企業に65歳までの雇用確保義務がある。一方、70歳までについては就業確保の努力義務であり、すべての人が現在の会社で70歳まで雇われる権利を一律に得る制度ではない。
70歳までの措置には、次の選択肢がある。
- 定年を70歳まで引き上げる。
- 定年を廃止する。
- 他の事業主での雇用を含む継続雇用制度を設ける。
- 継続的な業務委託契約を結ぶ制度を設ける。
- 社会貢献事業に継続して従事できる制度を設ける。
厚生労働省の高齢者向け制度案内は、この違いを明示している。「就業確保」には雇用契約以外の働き方も含まれるため、仕事が続くという説明だけでは、契約条件を判断できない。
ここがポイント: 継続して働けるかに加え、雇用契約なのか業務委託なのか、賃金や報酬はいくらか、休暇と安全への対応はどうなるかを確認する必要がある。
退職前の面談では、年齢の上限だけでなく、仕事内容、勤務日数、契約更新の条件まで具体的に聞くことが大切だ。
受賞事例が示す、収入と安全を両立する工夫
最優秀賞企業の資料には、定年廃止と併せて行う職場改善が記されている。
エヴァーブルーでは、従業員65人のうち70歳以上が32人。年齢によらず能力などに応じて賃金を決め、希望休暇制度を設けている。警備の現場では、冷暖房付きのボックス、空調服、防寒靴などを用意し、熱中症や転倒への対策を講じている。厚生労働省の受賞企業事例概要
この事例から読み取れるのは、雇用の年齢上限をなくすだけでは職場づくりは終わらない、ということだ。屋外で働く人が収入を得続けるには、暑さや寒さへの備えと、本人の事情に応じて休める運用が必要になる。
家計への効果は勤務条件で変わる
働く期間が延びれば、収入を得られる期間も延びる。ただし、家計がどれだけ改善するかは、時給や月給、勤務時間、通勤費などによって変わる。
短時間勤務を選べることには、通院や家族の介護と両立しやすくなる利点がある。一方、勤務時間の減少で収入が下がる場合もある。企業は「長く働ける」という説明とともに、勤務パターン別の給与条件を示すべきだ。
人材の確保と若手育成をどうつなぐか
経験者が職場に残ることは、人材確保の一つの手段になる。ただし、政策の成果を高齢者の在籍人数だけで測ると、若手の育成や設備投資が後回しになるおそれがある。
望ましいのは、経験者が技能を伝え、若手が担当範囲を広げられる仕事の組み方だ。高齢者雇用を拡大する際にも、誰が何を教えるか、引き継ぎにどれだけ時間を使うかまで決める必要がある。
費用は誰が負担するのか
勤務制度を変えるには、企業側の費用と手間がかかる。
安全設備の購入、勤務表の調整、人事評価の見直しには資金と担当者が必要だ。特に小規模企業では、制度を整える人員の確保が壁になる。
厚生労働省は、企業向けに高年齢者雇用アドバイザーや70歳雇用推進プランナーによる無料相談を案内している。賃金・退職金制度、職場改善、就業規則などを相談できるため、制度変更を検討する企業にとって具体的な入口になる。事業主向け支援の案内
公的支援を広げる場合は、投入した費用が働く人の条件改善につながったかを確認したい。
- 雇用を延長した人数だけでなく、継続期間はどう変わったか。
- 賃金や勤務時間について、本人の希望が反映されたか。
- 設備改善によって事故や身体的負担が減ったか。
受賞企業の紹介資料だけでは、政策全体の費用対効果や財政への効果は判断できない。高齢者が働く期間を延ばせば社会保障の問題が解決する、という説明にも飛躍がある。
海外ではシンガポールが雇用年齢を引き上げ
比較材料になるのが、シンガポールの制度変更だ。これは10月9日の新規発表ではなく、2026年7月1日から実施された改正である。
同国の人材開発省によると、最低退職年齢は64歳、再雇用年齢は69歳に引き上げられた。再雇用は、勤務評価や健康状態などの要件を満たす対象者に関する仕組みであり、日本の70歳までの努力義務と同じ制度ではない。シンガポール人材開発省の再雇用制度説明
日本への接点は、高齢者を含めた人材の活用が、企業の人員配置や海外拠点の労務管理にも関わることだ。同国で事業を行う日本企業も、対象従業員の再雇用条件を現地制度に沿って確認する必要がある。
国内政策の比較でも、年齢の数字だけを並べるのは適切ではない。対象者、企業の義務、健康上の要件、賃金条件まで比較して初めて、日本で何を変えるべきかを議論できる。
雇用拡大に賛成でも、働けない人への備えは必要
雇用機会の拡大には、本人の収入確保と企業の人材確保という利点がある。その一方で、健康状態や仕事の負担は人によって大きく違う。
年齢だけで退職を求めることには見直す余地がある。しかし、雇用延長を理由に、病気や介護事情を抱える人の生活保障を弱めることも適切ではない。
企業の負担にも目を向ける必要がある。すべての仕事で同じ勤務形態を維持するのは難しく、配置転換や短時間勤務が必要な場合もある。制度を強化するなら、企業に求める義務と、職務の見直しを支える相談・支援を併せて設計すべきだ。
政策の基準は、長く働く人を増やすことに加え、働き方を選べる人を増やすことに置きたい。
次に確認したいのは、自分の職場の条件
10月9日のフォーラムで紹介される工夫は、企業の制度を点検する材料になる。表彰の後、どの取り組みがほかの企業に広がるかが次の焦点だ。
働く人が確認したいのは、次の三点である。
- 収入:再雇用後の給与、賞与、勤務時間別の支給条件。
- 選択肢:勤務日数や仕事内容を変更できるか、通院や介護に対応できるか。
- 安全:体調変化を伝える窓口、設備、負担の大きい仕事の見直し。
65歳までの義務と70歳までの努力義務は、制度上明確に異なる。そのうえで職場改善を進めることは、家計と人材確保を支える現実的な方向だ。残る課題は、受賞企業の工夫を、資金や人員に余裕の少ない職場でも実行できる形にすることである。
