衆院45減は政治改革か 比例代表だけを削る案が突きつける三つの代償
議員定数を減らすだけでは、政治改革とは呼べません。2026年6月に提出された法案は、制度改革が1年以内にまとまらなければ、衆議院の比例代表を45議席削り、総定数を465から420にする内容です。
問題は、一票の格差を直接是正しないまま、民意を幅広く議席へ反映する比例代表だけが約4分の1減ることです。改革の成否は「何人減らしたか」ではなく、票の平等、地域の声、少数意見、国会の立法能力をどう両立させるかで判断すべきです。
この記事で押さえたい点は、次の4つです。
- 法案は成立済みではなく、2026年8月1日時点で衆議院の閉会中審査となっている
- 1年以内に別の制度改革が成立しなければ、比例代表176議席から45議席を削る
- 比例代表の削減は、一票の格差よりも政党間の議席配分や新規参入に強く影響する
- 地方の声を守るには、定数維持か削減かという二択ではなく、選挙区割りや国会機能まで含めた設計が要る
いま国会に出ている案は「比例45減」が最後の安全装置になっている
現在の焦点は、定数削減の理念より、協議がまとまらなかった場合に比例代表だけを削る仕組みです。
自民党・無所属の会と日本維新の会は、2026年6月24日、「衆議院議員の選挙制度改革及び定数削減に関する法律案」を共同提出しました。衆議院の審議経過情報によると、同法案は政治改革に関する特別委員会へ付託されたものの採決には至らず、閉会中審査になっています。
現行の衆議院定数は465です。内訳は、小選挙区289、比例代表176。法案は、まず衆議院議長の下に置く各会派の協議会で、定数削減を含む選挙制度改革を検討するとしています。
そのうえで、公布から1年以内に必要な法律が成立しなかった場合は、次の措置を発動します。
- 小選挙区:289議席を維持
- 比例代表:176議席から131議席へ削減
- 衆議院全体:465議席から420議席へ削減
45議席は衆議院全体の約9.7%ですが、比例代表だけで見れば約25.6%の削減です。法案要綱は、比例11ブロックへの配分を2025年国勢調査に基づく別の法律で定めるとしています。
つまり、どの地域で何議席減るのかは、現段階では確定していません。それでも、比例代表という民意の受け皿が大幅に細くなる方向は明確です。
前の法案から変わった重要点
2025年12月に提出された旧法案は、協議がまとまらない場合、小選挙区を25、比例代表を20削減する設計でした。しかし、この法案は2026年1月23日の衆議院解散で廃案になりました。経緯は衆議院調査局の「政治改革に関する特別委員会」資料に整理されています。
新しい法案では、協議不成立時の45減をすべて比例代表に寄せました。この変更は単なる数字の調整ではありません。
小選挙区の区割りを大きく動かさずに削減を実行しやすくなる一方、比例票を通じて議席を得る政党や候補者に負担が集中します。削減方法そのものが、選挙結果の出方を変える政治的な選択なのです。
定数削減と一票の格差は別の問題である
議員を減らしても、人口の異なる選挙区へ同じ1議席を割り当てる限り、一票の格差は自動的には縮まりません。
一票の格差とは、議員1人を選ぶ有権者数が選挙区によって異なり、票の重みに差が生じる問題です。人口の少ない選挙区の1票が、人口の多い選挙区の1票より大きな影響力を持つ状態とも説明できます。
格差の中心は、小選挙区の人口配分と区割りです。比例代表の定数を45減らしても、289の小選挙区をそのまま維持するなら、小選挙区間の人口差を直接直すことにはなりません。
衆議院では、2020年国勢調査を受け、アダムズ方式で都道府県別定数を配分し直す「10増10減」が実施されました。東京、神奈川、埼玉、千葉、愛知で計10議席を増やし、宮城、福島、新潟、滋賀、和歌山、岡山、広島、山口、愛媛、長崎で各1議席を減らす改定です。衆議院調査局の資料では、この改定により国勢調査人口に基づく最大較差が2.096倍から1.999倍へ縮小すると整理されています。
ここには、避けにくい衝突があります。
- 投票価値の平等を優先すれば、人口が増える都市部へ議席を移す必要がある
- 都道府県単位の代表性を優先すれば、人口の少ない地域にも一定数の議席を残したくなる
- 総定数も同時に減らせば、減員対象となる地域や制度部分への負担がさらに重くなる
ここがポイント: 定数削減は「国会を何人で構成するか」という問題であり、一票の格差是正は「その議席をどこへ、どの基準で配るか」という問題です。両者は関係しますが、同じ改革ではありません。
比例代表45減で失われやすいもの
比例代表を大幅に削ると、最も影響を受けるのは、全国に薄く支持を持つ政党、新しい政治勢力、選挙区では勝ち切れない候補者です。
得票率と議席率のずれが広がりやすい
小選挙区では、各選挙区で最多得票の候補者1人だけが当選します。2位以下の候補者に投じられた票は、その選挙区の議席には結び付きません。
比例代表には、こうした小選挙区制の性質を補い、各党の得票を議席へ反映する役割があります。比例枠を176から131へ減らせば、小選挙区で広く勝てる政党が相対的に有利となり、得票率と議席率のずれを補正する力は弱くなります。
ただし、比例代表にも課題はあります。候補者個人より政党中心になりやすく、重複立候補や惜敗率による復活当選が分かりにくいという批判です。だからこそ必要なのは、比例枠を先に削ることではなく、名簿の決め方や重複立候補の扱いを含めて制度を検証することです。
地方の比例ブロックも小さくなる
比例代表は全国一律ではなく、北海道、東北、北関東、南関東、東京、北陸信越、東海、近畿、中国、四国、九州の11ブロックに分かれています。
45議席を減らせば、各ブロックの定数も縮小します。定数の少ないブロックでは、1議席を得るために必要な得票率が上がりやすく、地方で一定の支持を得た少数政党でも議席へ届きにくくなる可能性があります。
ここで「小選挙区を残すのだから、地方代表は守られる」と単純には言えません。小選挙区の議員は地域の窓口になりますが、地域内の多様な意見を1人で代表できるわけではないからです。地方にも政権支持層、反対層、農林水産業者、会社員、子育て世帯など異なる利害があります。比例枠は、その複数の声を国会へ運ぶ経路でもあります。
新規参入の壁が高くなる
既存の大政党は、小選挙区に候補者、地方組織、資金、知名度を持っています。新しい政党や無名の候補者は、まず比例票を集めて国会に足場を築くことが少なくありません。
比例枠の縮小は、既存政党だけを必ず有利にするとは断定できません。支持の集中度や候補者配置によって結果は変わります。ただ、獲得可能な議席が減る以上、少数の得票を議席へ変える余地が狭くなることは確かです。
「身を切る改革」という評価だけでは足りない
定数削減を財政改革として評価するなら、削減額と失われる機能を同じ資料で示す必要があります。
議員が減れば、歳費、秘書給与、事務経費など一部の公費は減ります。しかし、現在の法案要綱には、45議席削減による年間削減額や、その使途は示されていません。
一方で、議員には本会議で投票する以外にも仕事があります。
- 委員会で法案や予算を審査する
- 行政を監視し、政府へ資料提出や説明を求める
- 議員立法を作成する
- 選挙区や業界、当事者から制度上の問題を聞き取る
- 外交、安全保障、災害、社会保障など専門分野を継続的に調査する
議員数が減っても、政府提出法案、予算、条約、行政監視の対象が同じ割合で減るわけではありません。委員会の掛け持ちや1人当たりの担当範囲が増えれば、官僚機構や党執行部に対する国会側の検証力が弱まるおそれがあります。
2016年の衆議院選挙制度調査会は、答申の説明資料で、当時の衆議院定数について、国際比較や過去の経緯から多いとはいえず、削減の積極的理由や理論的根拠を見いだしにくいと指摘しました。その一方、各党が定数削減を公約してきた事実も踏まえ、10議席削減案を示しました。
この答申からも分かるのは、定数に唯一の正解があるわけではないということです。削減するなら少なくとも、次の数字が必要です。
- 年間でいくら削減できるのか
- 委員会や調査活動を何人で担うのか
- 公設秘書、国会図書館、委員会調査室などの支援体制をどうするのか
- 削減によって当選しにくくなる政党、地域、候補者はどこか
人数だけを先に決めると、節約額より民主的統制の低下が大きいという逆転も起こり得ます。
賛成論にも合理性はある
定数削減への支持を、単なる感情論として退けるべきではありません。
賛成する側には、主に三つの論拠があります。
- 人口が減少するなら、国会の規模も見直すべきだ
- 政治家自身が組織の合理化を示さなければ、国民に負担を求めにくい
- 定数を絞れば政党が候補者を厳選し、国会運営を効率化できる
これらは理解できる主張です。特に人口減少の下で、あらゆる制度の規模を固定したままでよいとは限りません。
しかし、人口減少と国会議員数は機械的には連動しません。人口が減っても、高齢化、社会保障、災害対策、経済安全保障、サイバー防衛など、国会が扱う政策はむしろ複雑になっています。自治体数、行政組織、二院制、選挙制度も国ごとに違うため、人口だけで適正定数を導くことはできません。
また、「候補者の質」は議席数だけでは決まりません。候補者選定の透明性、世襲や資金力への依存、被選挙権年齢、供託金、政党内民主主義なども参入の質を左右します。
政治改革として成立させるための現実的な条件
定数を減らす場合でも、削減数より先に評価基準を法律と公開資料へ落とし込むべきです。
1.一票の格差を別枠にしない
2025年国勢調査に基づく区割り見直しでは、人口移動によってどの都道府県の定数が変わるのかが焦点になります。定数削減と同時に進めるなら、改定後の最大格差だけでなく、次回国勢調査まで2倍未満を維持できる見通しも示す必要があります。
2.比例削減の影響を試算する
過去数回の総選挙結果を使い、比例定数が131だった場合の議席配分を試算すれば、制度変更の効果を具体的に比較できます。
見るべきなのは、各党の増減だけではありません。
- 得票率と議席率の差
- 各ブロックで議席獲得に必要となる得票水準
- 女性、若者、新人の当選機会
- 小選挙区で落選した票が議席へ反映される割合
特定の選挙結果に有利な制度を選んだとの疑念を避けるには、複数案の試算を同じ条件で公開することが欠かせません。
3.地方代表を「議席の固定」以外でも支える
人口の少ない地域の声を守る方法は、選挙区定数だけではありません。委員会で地方関係者の意見聴取を制度化する、オンラインを含む公聴会を増やす、国会の調査機能を地方へ広げるといった手段があります。
一方、災害、交通、医療、一次産業、国境離島の事情は、人口比例だけでは拾いにくいのも事実です。地域への配慮を認めるなら、どの程度まで一票の平等との差を許すのか、客観的な基準が要ります。
4.国会の能力を同時に補強する
議員を45人減らすなら、委員会構成、議員立法、行政監視への影響を検証し、不足が生じる分野には調査スタッフを重点配置する必要があります。
ただし、議員を減らして秘書や職員を増やす場合、財政削減効果は小さくなります。それでも立法能力を維持するために必要なら、「経費削減」ではなく「少人数で機能する国会への再設計」と説明する方が正確です。
今後の注目点
次に見るべきなのは、45という数字ではなく、1年以内の協議を実質化する手続です。
2026年8月1日時点で法案は成立していません。今後は、少なくとも次の点を確認する必要があります。
- 閉会中審査から審議、採決へ進むのか
- 2025年国勢調査を使った区割り勧告との日程をどう調整するのか
- 比例45減以外の案を各会派が同じ条件で比較するのか
- 過去の選挙結果を使った議席配分の試算が公開されるのか
- 財政効果と国会機能への影響が金額・人員で示されるのか
- 有識者だけでなく、地方自治体や有権者から意見を聞く機会が設けられるのか
まとめ――削る対象ではなく、守る機能を先に決める
議員定数削減は、政治家の数を減らしたという分かりやすい成果を示せます。しかし、分かりやすさと制度の質は同じではありません。
事実として、現在の法案は、協議が期限内にまとまらなければ比例代表を45議席削る設計です。一票の格差を直接是正するのは小選挙区の配分と区割りであり、比例削減そのものではありません。
政治改革と呼ぶためには、少なくとも次の三つを同時に守る必要があります。
- 住む場所によって票の価値が大きく変わらないこと
- 地方や少数意見にも国会へ届く経路があること
- 政府を監視し、法案を精査する国会の能力が落ちないこと
45議席をどこから削るかは、国会の勢力図だけでなく、有権者のどの声を議席に変えやすくするかを決めます。次の審議で必要なのは「身を切った」という説明ではなく、誰の票が届きにくくなり、その代償に何が改善されるのかを数字で示すことです。
