MENU

バスが残っていても暮らせない――減便時代に「移動」を守る制度設計

地方のバス停で路線バスを待つ高齢者と高校生。

バスが残っていても暮らせない――減便時代に「移動」を守る制度設計

地方の路線バス問題で守るべきなのは、路線図に線を残すことではない。通学、通院、買い物、通勤に間に合い、帰宅にも使える移動手段を確保することである。

運転手不足による減便は、利用者をさらに減らし、次の減便を招く。自治体は赤字路線への補助だけでなく、病院や学校の送迎車、デマンド交通、タクシー、公共ライドシェアまで一体で組み直す必要がある。ただし、運転手の賃金と安全管理を置き去りにした代替策は長続きしない。

この記事で分かること

  • バスの減便が廃止に近い打撃となる理由
  • 運転手不足が一時的な採用難ではない理由
  • 「移動の権利」と現在の法制度との距離
  • 2026年成立の改正法で何が変わり、何が残るのか
  • 自治体が路線数より先に測るべき生活上の指標
目次

減便は「少し不便になる」だけではない

生活に必要な時間帯の便が消えれば、路線が存続していても利用できない人が生まれる。

朝の通学便は残っていても、部活動後の帰宅便がない。病院へ行けても、診察が終わる前に最終便が出る。買い物に使おうとしても、帰りの便まで数時間待つ。こうしたダイヤでは、住民は家族の送迎や自家用車に頼らざるを得ない。

影響は立場によって異なる。

  • 高校生:進学先や部活動、放課後の学習機会が交通条件で狭まる
  • 高齢者:免許返納後の通院・買い物が難しくなり、返納をためらう要因になる
  • 働く人:始業・終業時刻に合わなければ、勤務地の選択肢から地域内の職場が外れる
  • 子育て世帯:送迎時間が増え、特に一人で送迎を担う家庭の就労を圧迫する
  • 医療・商業施設:利用者や職員を確保しにくくなり、施設側の存続条件まで悪化する

つまり、減便は交通部門だけの問題ではない。教育、医療、雇用、商業を支える人の流れを細くする。やがて住民が「車を運転できる間しか暮らせない」と判断すれば、人口流出にもつながる。

国土交通省の令和7年版国土交通白書によると、運行127社の約8割が2023年中に減便・廃止を実施した。2008年度から2023年度までに廃止されたバス路線の延長は約2万3,193キロに達する。個別地域の問題が全国共通の供給制約へ変わったことを示す数字だ。

運転手不足は「求人を増やせば解決する」段階を越えた

需要が減る一方で、サービスを供給する人はそれ以上の速さで減りつつある。

白書では、バス運転手が2021年の11万6,000人から2030年には9万3,000人へ減り、2022年の輸送規模を維持する場合、必要人員が3万6,000人不足すると推計している。不足率は必要人員全体の28%である。

背景には複数の要因が重なる。

コロナ禍で失った人材が戻り切っていない

国土交通省によれば、バス運転者は2019年度から2022年度に約2万4,000人減少した。需要が回復しても、経験を持つ運転手を短期間で補充することはできない。大型二種免許の取得と教育にも時間がかかる。

労働条件の改善には運賃か公費が必要になる

バス運転者の平均年間給与は2022年の399万円から2024年には463万円へ上昇した。2020年4月から2024年末までに126事業者が運賃を改定しており、賃上げを運賃へ反映させる動きも進んだ。

これは必要な改善だが、地方路線では利用者が少ないため、値上げだけで人件費を賄うには限界がある。運賃を上げすぎれば通学定期や日常利用の家計負担が増え、利用離れを招く。公費を入れなければ維持できない路線では、自治体が「赤字補塡」ではなく、教育・医療へのアクセスを買う費用として支出を説明する必要がある。

労働時間規制を後戻りさせてはいけない

2024年4月から自動車運転業務にも時間外労働の上限規制が適用された。運転手不足を理由に長時間労働へ戻せば、離職と事故リスクを高め、供給力を一段と失う。

必要なのは、安全規制を緩めることではない。待機時間を含む勤務の組み方、分断勤務、休憩場所、免許取得費用、賃金、住宅支援などをまとめて改善し、同じ人数でも無理なく運行できるダイヤへ変えることだ。

ここがポイント: 減便の直接原因が運転手不足でも、解決策は採用広告だけではない。運賃、公費、勤務設計、路線再編を一つの政策として扱う必要がある。

「移動の権利」は日本でどこまで保障されているのか

日本の法律は必要な交通を確保する国の責務を定めているが、住民が特定の路線や本数を請求できる個別の権利までは明記していない。

交通政策基本法第2条は、国民の交通に対する基本的な需要が適切に満たされることを基本認識としている。第16条は、通勤、通学、通院などに必要不可欠な移動が円滑にできるよう、国が交通手段の確保などの施策を講ずるとしている。

重要な理念である。しかし、「最寄りの停留所から病院まで1日何便を確保する」「高校生が午後7時までに帰宅できる便を設ける」といった最低水準は全国一律に定められていない。自治体の計画、財政力、交通事業者との協議によって実際のサービスに差が出る。

このため、移動の権利を政策として実質化するには、抽象的な理念を測定可能な基準へ変える必要がある。

  • 主要な病院へ午前中に到着し、診療後に帰れるか
  • 高校の始業・終業時刻に対応できるか
  • 食料品店や行政窓口へ一定時間内に往復できるか
  • 車いす利用者や予約アプリを使えない人も利用できるか
  • 運賃負担が低所得世帯や学生の利用を妨げていないか

路線の有無ではなく、生活目的を達成できるかを行政評価の中心に置くべきだ。

2026年改正法は「使える車と人を束ねる」仕組みを広げる

2026年6月に公布された改正地域公共交通活性化再生法は、自治体が複数の輸送資源を束ねるための制度を強化した。

改正法は2026年3月10日に閣議決定され、同年6月3日に国会で成立、6月10日に法律第35号として公布された。主要部分は公布から6カ月以内の政令で定める日に施行される。

新設される「自動車地域旅客運送サービス再構築事業」では、休廃止された、またはそのおそれがあるバス路線などを対象に、地方公共団体が運送主体を選ぶ。さらに、別のバス・タクシー事業者、公共ライドシェアの運営者、施設送迎の提供者などから、人員派遣や車両面の協力を得られるよう支援する。

改正の意味は、既存バス会社だけに路線維持を求める発想から一歩進んだ点にある。地域内には、次のような車両が別々に走っていることがある。

  • 路線バスやコミュニティバス
  • 病院・福祉施設の送迎車
  • 学校や学習施設の送迎バス
  • 商業施設や宿泊施設の送迎車
  • タクシー、乗合タクシー
  • 市町村やNPOが担う公共ライドシェア

これらを安全管理と責任分担を明確にしたうえで組み合わせれば、限られた運転手と車両を有効に使える。国土交通省が紹介する鳥取県智頭町では、行政、交通事業者、住民組織が連携し、住民ドライバーによる公共ライドシェア「のりりん」を導入している。白川・東白川地域では、病院バスを公共交通と統合する再編も行われた。

ただし、好事例をそのまま全国へ移植することはできない。住民ドライバーを確保できる地域とできない地域があり、積雪地や長距離移動では必要な車両・技能も違う。病院送迎を一般利用へ広げれば、診療時間や感染対策との調整が要る。

代替策は万能ではない

バスを小さな車に替えれば済むのではなく、需要の密度と時間帯に応じて交通手段を使い分ける必要がある。

デマンド交通

予約に応じて走るため、利用者が少ない時間帯の空車を減らせる。一方、通学・通勤のように同じ時間へ需要が集中すると、必要な車両数と運転手数は増える。電話予約の受付費用や配車業務も無視できない。

公共ライドシェア

バス・タクシー事業が成り立たない地域で、市町村やNPOなどが自家用車を使って有償運送する仕組みである。交通空白を埋める有力な手段だが、担い手の高齢化、事故時の責任、運行管理、保険、継続的な報酬を設計しなければ、善意頼みになる。

タクシー利用への補助

既存車両を活用でき、戸口から目的地まで移動できる。高齢者や障害者には使いやすい一方、利用回数が増えると自治体負担が膨らむ。地域にタクシー運転手そのものが不足していれば、券を配っても供給は増えない。

自動運転

将来の省人化には重要だが、現時点ですべての路線を直ちに代替する手段ではない。車両費、遠隔監視、道路環境、悪天候への対応、事故時の責任を含め、導入後の運営費まで見る必要がある。

したがって、幹線は定時定路線バス、人口の薄い地区はデマンド交通、停留所まで歩けない人には個別輸送というように、役割を分けるのが現実的だ。

財源は「一律補助」より守る機能を明確にする

公費を使うなら、どの生活機能を、誰の負担で、どの水準まで守るのかを公開しなければならない。

国の地域公共交通確保維持改善事業は、生活交通の運行、車両購入、利用環境の改善、地域公共交通計画の策定などを支援している。しかし、国庫補助だけで日々の運行を恒久的に賄えるわけではなく、自治体負担、利用者運賃、施設側の負担をどう組み合わせるかが残る。

費用分担には複数の考え方がある。

  • 一般財源で支える:住民全体が地域インフラとして負担するが、他の行政サービスとの優先順位が問われる
  • 運賃を引き上げる:受益者負担は明確になるが、利用離れや家計負担を招きやすい
  • 病院・学校・商業施設も負担する:送迎費や駐車場費の削減と一体化できるが、関係者間の調整が難しい
  • 広域自治体が調整する:市町村境をまたぐ通学・通院に対応しやすいが、費用配分のルールが必要になる

最も避けるべきなのは、年度ごとの補助金で既存ダイヤを延命し、突然の人員不足で再び減便することだ。複数年の運行契約、運転手の処遇改善、利用実績に応じた路線見直しを一体化した方が、住民にも事業者にも予測可能性が生まれる。

批判的に見るべき三つの論点

制度を増やすだけでは、現場の人手と自治体の実行能力は増えない。

1. 交通を設計する自治体職員も不足する

バス会社との交渉、住民ニーズの調査、運賃設定、補助申請、安全面の確認には専門性が要る。小規模自治体が単独で担うのは難しい。都道府県や複数市町村による共同組織、国の伴走支援、専門人材の共有が欠かせない。

2. 人員派遣が「安い運転手の融通」にならないか

2026年の衆議院国土交通委員会は附帯決議で、人員派遣における労務管理、適正な賃金、安全教育、車両管理、事故時の責任区分を求めた。これは制度の弱点を示している。事業者間で運転手を融通できても、賃金や休息時間が悪化すれば供給基盤はむしろ傷む。

3. デジタル化が新しい交通弱者を生まないか

予約アプリやキャッシュレス決済は配車を効率化する。一方、スマートフォンを持たない人、操作が難しい人、通信環境が不安定な地域を排除してはならない。電話予約、現金や交通券、代理予約を残す費用も制度設計に含めるべきだ。

別の見方――利用の少ない便をすべて残すことはできない

移動を守ることと、現在の路線・車両・ダイヤを固定することは同じではない。

空車に近い大型バスを走らせ続ければ、人員と予算が集中する通学便や幹線まで維持できなくなる。人口減少下では、減便や乗り換えの増加を完全に避けられない地域もある。

だからこそ、議論の軸を「廃止に賛成か反対か」から、次の問いへ移す必要がある。

  • その便は、誰のどの生活行動を支えているか
  • 時刻を変えれば利用をまとめられるか
  • 小型車や予約制へ替えても目的を達成できるか
  • 学校、病院、商業施設の予定を交通側に合わせて調整できるか
  • 浮いた人員と財源を、より必要な時間帯へ振り向けられるか

利用者にも一定の変化を求める以上、自治体は決定前に代替案と影響を示さなければならない。「利用が少ない」という年間平均だけでは、免許を持たない少数者が受ける重大な不利益を見落とす。

今後の注目点は「何便残ったか」ではない

2026年改正法の評価は、新制度を使った件数ではなく、住民が必要な場所へ到達できるようになったかで決まる。

今後、自治体や国が公表すべき指標は明確だ。

  • 通学、通院、買い物に利用できる住民の割合
  • 目的地までの所要時間、乗り換え回数、待ち時間
  • 高齢者・障害者を含む予約成立率と乗車拒否の有無
  • 利用者1人当たりの公費だけでなく、運転手1人当たりの輸送実績
  • 運転手の賃金、拘束時間、離職率、事故件数
  • 減便後に家族の送迎負担や免許返納件数がどう変わったか

地域公共交通は、単独で利益を出せるかだけでは測れない。バスがあることで高校へ通え、病院が患者と職員を確保し、家族が送迎のために仕事を休まずに済む。こうした便益を含めて初めて、公費負担の妥当性を判断できる。

まとめ――守るべきは路線名ではなく、暮らしの到達可能性

事実として、運転手不足は今後さらに厳しくなる見通しであり、従来と同じ本数・車両・運行主体を全国で維持するのは難しい。2026年改正法は、自治体がバス、タクシー、公共ライドシェア、施設送迎を束ねる道を広げた。

一方、法律に枠組みができても、運転手の処遇、安定財源、安全管理、自治体の専門人材は自動的には確保されない。「移動の権利」を実生活で意味のあるものにするには、地域ごとに最低限の到達水準を定め、その達成状況を公開する必要がある。

次に見るべきなのは、減便後の路線図ではない。高校生が帰宅できるか、車を手放した高齢者が通院できるか、運転手が無理なく働き続けられるか。 その三つを同時に満たせる地域交通へ組み替えられるかが、本当の分岐点になる。

参照リンク

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次