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フリーランス新法は働き手を守ったか 1,552件の措置が示す契約実務の壁

契約内容と支払予定を確認するフリーランスの仕事風景。

フリーランス新法は働き手を守ったか 1,552件の措置が示す契約実務の壁

フリーランス新法は、曖昧な発注、支払遅延、無償のやり直しを減らすための土台として機能し始めた。だが、仕事の継続や最低報酬、社会保障まで約束する法律ではない。守られるのは主に取引条件と就業環境であり、収入の安定にはなお別の対策が要る。

2025年度には、公正取引委員会が1,552件で勧告または指導を実施した。違反類型では報酬の支払いと取引条件の明示が8割を超える。施行後の焦点は、法律の有無から、現場で契約と支払いを確実に運用できるかへ移っている。

この記事で分かること

  • 新法が発注者に義務付けた内容
  • 1,552件の措置から見える取引現場の弱点
  • 法律で守られる範囲と、雇用保障との違い
  • 発注者、フリーランス、行政が次に改めるべき点
目次

何が起きているのか――施行後初の通年度で違反対応が本格化

行政の運用は周知中心の段階を越え、具体的な是正へ進んだ。

正式名称を「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」というフリーランス新法は、2024年11月1日に施行された。発注者と個人の受注者の間に生じやすい交渉力・情報力の差を前提に、取引の適正化を公正取引委員会と中小企業庁、就業環境の整備を厚生労働省が担う仕組みだ。

公正取引委員会が2026年6月10日に公表した2025年度の運用状況では、次の数字が示された。

  • 違反事実があるとしてフリーランスから申し出られた件数:604件
  • 新たに着手した違反被疑事件:1,626件
  • 処理した違反被疑事件:1,597件
  • 勧告または指導を行った事件:1,552件
  • 内訳:勧告10件、指導1,542件
  • フリーランスに対する原状回復:総額1,734万円

違反類型は、一つの事件に複数の問題が含まれるため合計2,727件となった。そのうち、報酬の支払義務違反が1,135件、取引条件の明示義務違反が1,126件、買いたたきが250件である。上位二つだけで全体の82.9%を占めた。

この数字が示すのは、特殊な嫌がらせより前に、「何を、いくらで、いつまでに頼み、いつ支払うか」という取引の基本が徹底されていない現実だ。

ただし、1,552件をそのまま全国の違反率とは読めない。公正取引委員会は問題事例の多い業種の発注者3万名を調査しており、指導には「違反のおそれ」がある行為も含まれる。行政が調査対象を絞った結果でもあるため、件数は法執行の規模を示す一方、市場全体の発生割合を示す統計ではない。

新法は何を変えたのか

最大の変化は、口約束に依存していた取引を記録に残させることだ。

発注時には九つの条件を明示する

発注者は、フリーランスへ業務を委託した直後に、書面や電子メール、SNSのメッセージなどで取引条件を明示しなければならない。口頭だけでは足りない。

主な明示事項は次のとおりだ。

  • 業務の内容
  • 報酬額
  • 支払期日
  • 発注者とフリーランスの名称
  • 委託した日
  • 納品日または役務提供日
  • 納品場所または役務提供場所
  • 検査を行う場合の完了日
  • 現金以外で支払う場合の支払方法

報酬額を発注時に確定できない正当な理由がある場合、算定方法を示すことはできる。未定の項目があれば、その理由と確定予定日を示し、決まり次第すぐに補充明示する必要がある。

現場では、基本契約書があるだけで安心できない。個別案件の仕様、納期、報酬、支払日が基本契約から分からなければ、発注書やメールで補う必要がある。チャットで追加された修正も、作業範囲と追加報酬を記録に残すべきだ。

報酬は原則60日以内に支払う

発注者は、成果物を受領した日または役務の提供を受けた日から数えて、原則60日以内のできる限り短い期間に支払期日を設定し、その日までに支払わなければならない。

「請求書が届いていない」という社内事情だけで、法定の支払期限を越えてよいわけではない。検収や経理の締め日を理由に支払いが先送りされる慣行へ、明確な歯止めをかけた点は大きい。

再委託には例外がある。元の委託者から受けた業務をフリーランスへ再委託し、必要事項を明示した場合は、元委託の支払期日から30日以内のできる限り短い期間に設定できる。この仕組みは資金繰りに配慮する一方、フリーランス側には再委託であることと支払日の確認が重要になる。

1か月以上の委託では七つの行為を禁止する

従業員を使用する事業者などが1か月以上継続して委託する場合、次の行為が禁止される。

  • 正当な理由のない受領拒否
  • フリーランスに責任がない報酬の減額
  • 正当な理由のない返品
  • 通常の対価に比べて著しく低い報酬を不当に定める買いたたき
  • 商品やサービスの購入・利用強制
  • 金銭や無償労働など、不当な経済上の利益の提供要請
  • 費用を負担しない一方的な仕様変更ややり直し

ここで重要なのは、単価が安いだけで直ちに「買いたたき」と決まるわけではないことだ。業務内容、相場、交渉経緯などを踏まえ、不当に低いかが判断される。反対に、合意した体裁を装っていても、発注者の優越的な立場を利用した著しい低価格なら問題になり得る。

ここがポイント: 新法の核心は、発注者が一方的に条件を決められる場面を減らすことにある。契約書を作るだけでなく、追加作業、検収、請求、支払いまで同じ条件で運用されて初めて保護が届く。

1,552件の措置が映す三つの現場課題

制度の弱点より先に、企業の発注・検収・経理がつながっていない問題が表面化した。

1.発注条件が複数の場所に分散している

業務内容はチャット、単価は見積書、支払日は社内規程というように情報が分かれると、発注者自身も明示義務を満たしたか確認しにくい。フリーランスには、どの指示が最終版か分からない。

必要なのは大部の契約書ではなく、一つの案件番号に次の情報を結び付ける運用だ。

  • 確定した仕様と納期
  • 報酬額または算定式
  • 検査の有無と完了予定日
  • 支払期日
  • 追加・変更作業の承認記録

公正取引委員会の2025年度の措置では、取引条件の明示義務違反に、完全な不明示だけでなく一部項目の不備も含まれる。書類が存在するかではなく、必要事項がそろっているかが問われている。

2.支払期限を請求書基準で管理している

企業の経理は、請求書の受領日から支払処理を始めることが多い。しかし新法上の起点は、原則として成果物の受領日または役務提供日である。

このずれを放置すると、担当者が納品を受け取ってから経理へ登録するまでの時間、検収待ち、請求書の差し戻しが積み重なり、60日を越えやすい。2025年度に支払義務違反が最多となったことは、法務部門だけの研修では足りないことを示している。

発注者には、納品日から逆算して警告を出す仕組みが必要だ。フリーランスも請求書を早く出すべきだが、提出の遅れだけで発注者の支払義務が消えるわけではない。

3.業界慣行が法令対応より優先されている

措置1,552件の業種別内訳では、情報通信業が575件で37.0%、学術研究・専門・技術サービス業が326件で21.0%、運輸業・郵便業が135件で8.7%だった。公正取引委員会は放送業と広告業にも集中調査を行い、128事業者へ是正指導を実施している。

これらの分野では、制作途中の変更、短納期、成果物の主観的な評価、多段階の再委託などが起こりやすい。だからこそ「この業界では普通」という説明ではなく、変更のたびに費用と納期を確定する必要がある。

就業環境はどこまで改善するのか

新法は契約外の扱いにも踏み込んだが、保護の強さは委託期間によって異なる。

募集情報とハラスメント対策

発注者がウェブサイト、SNS、クラウドソーシングサービスなどで募集する場合、業務内容、場所、期間・時間、報酬、契約解除・不更新などの情報を正確かつ最新に保たなければならない。

厚生労働省が公表した施行状況では、2024年度にハラスメント対策の体制整備義務と募集情報の的確表示義務に関する指導などが多かった。既存の社員向け相談窓口があっても、フリーランスを対象に含むことを規程や周知文で明らかにしていなければ不十分となる。

発注者に必要なのは、少なくとも次の対応だ。

  • ハラスメントを許さない方針をフリーランスにも周知する
  • 相談窓口と利用方法を伝える
  • 相談者のプライバシーを守る
  • 相談を理由とする契約解除などの不利益取扱いを禁止する
  • 相談後に事実確認と再発防止を行う

育児・介護への配慮と中途解除

6か月以上の継続的な委託では、フリーランスから申し出があった場合、妊娠、出産、育児、介護と業務を両立するために必要な配慮をしなければならない。打ち合わせ時間の変更やオンライン対応などが想定されている。6か月未満でも配慮は努力義務だ。

また、6か月以上の契約を途中解除したり、更新しなかったりする場合、原則として少なくとも30日前の予告が必要になる。求められれば理由も開示しなければならない。

ただし、この手続に違反したからといって、解除が自動的に無効になるわけではない。解除の有効性や損害賠償は、契約内容に基づく民事上の争いとして別に判断される。予告義務は生活を立て直す時間をつくるが、仕事そのものを保障する制度ではない。

それでも「雇われた人」と同じには守られない

フリーランス新法は労働法の代用品ではなく、事業者間取引を公正にする最低線である。

フリーランスは原則として事業者であり、労働基準法上の労働時間規制、法定の最低賃金、雇用保険、有給休暇、解雇規制が一律に適用されるわけではない。新法にも最低報酬額や、発注量を保証する規定はない。

一方、契約書に「業務委託」と書かれていても、実態として労働者なら話は変わる。厚生労働省の判断基準では、仕事を断る自由、業務上の指揮監督、時間・場所の拘束、本人以外が代替できるか、報酬の労務対価性などを総合的に見る。契約の名称だけでは決まらない。

例えば、発注者が勤務時間と場所を固定し、日々の作業方法を細かく指示し、仕事を断る自由が乏しい場合は、労働者性を検討すべき材料になる。実態が労働者なら、新法だけで処理せず、労働基準監督署の相談窓口につなぐ必要がある。

社会保障にも境界が残る。2024年11月から、企業などから業務委託を受けるフリーランスは、業種・職種を問わず労災保険へ特別加入できる範囲が拡大された。ただし、雇用労働者のように事業主が当然に加入手続きをする制度ではなく、本人が特別加入団体を通じて加入し、保険料を負担する。

したがって、取引適正化と生活保障は分けて考える必要がある。

  • 新法:契約条件、支払い、禁止行為、募集表示、ハラスメント対策など
  • 労働法:実態が労働者に当たる場合の賃金、労働時間、安全衛生など
  • 社会保障:健康保険、年金、労災特別加入、所得減少への備え
  • 民事契約:解除の効力、損害賠償、知的財産権など

発注者にとって規制強化だけではない

条件を明確にすることは、発注側の予測可能性も高める。

発注者から見れば、書面化、相談窓口、支払管理には事務負担がかかる。小規模事業者ほど、法務・経理の専任者を置きにくい。短期案件が多い企業では、一件ごとの明示作業も増える。

それでも、曖昧な仕様のまま作業が進むと、納品後に「想定と違う」という争いが起きる。追加作業の範囲、著作権の扱い、検収条件を先に決めれば、発注者も納期と総額を管理しやすい。法対応を単なる書類作成にせず、調達管理の改善として扱う方が合理的だ。

一方で、発注者が法的負担を避けるために契約期間を不自然に短く区切ったり、個人への発注自体を減らしたりする可能性には注意が要る。形式的な短期契約を繰り返しても、一定の条件では継続委託として扱われる場合がある。行政には、契約書の期間だけでなく実際の取引継続性を見る運用が求められる。

財源と国益の観点から見る

この法律は給付政策ではなく、民間取引のルールを整える政策だ。

新法がフリーランスへ公費で所得を補填するわけではない。主なコストは、行政による相談・調査・執行と、発注者による契約・支払管理の整備に分かれる。原状回復された1,734万円も給付金ではなく、発注者が不利益を是正した金額である。

政策効果を測る際、勧告や指導の件数だけを増やすことが目的になってはならない。見るべきなのは次の変化だ。

  • 支払遅延や無償のやり直しが実際に減ったか
  • 申出後の不利益取扱いを恐れず相談できるか
  • 発注者が違反前に自主是正できるか
  • 法対応を理由に個人への発注機会が過度に縮小していないか
  • 取引条件の改善が、価格やサービスの質と両立しているか

国益という観点では、IT、映像、デザイン、研究、物流などを担う独立人材が、未払いリスクの低い市場で能力を発揮できることが重要だ。取引への信頼がなければ、技能を持つ人が独立を避けたり、海外や大企業との取引に偏ったりしかねない。

ただし、フリーランス化を雇用コスト削減の手段として広げれば、社会保険料や所得変動のリスクが個人へ移る。産業競争力を高めるには、自由な働き方を増やすだけでなく、雇用と業務委託の境界を適切に執行し、どちらを選んでも基本的な安全が保たれる制度が必要だ。

批判的に見るべき制度上の限界

法が整っても、仕事を失う不安が申出をためらわせる構造は残る。

申出と取引継続の間に緊張がある

法律は、行政への申出を理由とする不利益な取扱いを禁止している。しかし、単発案件や更新保証のない契約では、次の発注が来なかった理由を証明することが難しい。発注元への依存度が高い人ほど、違反を指摘しにくい。

そのため、行政の能動的な業界調査には意味がある。2025年度のように問題事例が多い業種へ調査をかければ、個人が名乗り出る負担を抑えながら是正できる。今後は、匿名性を確保した情報収集と、申出後の取引状況を追う仕組みが課題になる。

最低報酬と仕事量は保証されない

買いたたきは禁止されるが、全職種共通の最低単価は設けられていない。専門性、成果、作業時間、地域、取引規模が異なるため、行政が一律単価を決めるのは難しい面がある。

ただし、価格交渉に必要な情報まで欠けたままでは、自由な契約とは言いにくい。業界団体による標準的な業務範囲の整理、見積項目の共通化、追加作業の料金例などは、最低単価の法制化とは別の現実的な改善策になる。

プラットフォームを介する取引は関係者が増える

クラウドソーシングや配達アプリでは、募集を掲載する者、業務を委託する者、システムを運営する者が一致しない場合がある。誰が発注者で、誰が報酬やアカウント停止を決めているかによって責任の所在が変わる。

利用者には規約だけでなく、個別案件の発注者、報酬の算定方法、手数料、支払日、契約解除条件が分かる表示が必要だ。行政も、個社単位の指導に加え、プラットフォーム上の表示設計や支払フローを検証する必要がある。

フリーランスと発注者が実務で確認すべきこと

権利を使えるかどうかは、契約から入金までの記録で大きく変わる。

フリーランス側の確認事項

  • 発注時に業務内容、報酬、納期、支払期日を文字で受け取る
  • 修正回数と追加作業の料金を決める
  • 納品日時と受領確認を保存する
  • 発注書、チャット、請求書、入金記録を案件ごとに保管する
  • 口頭の変更は確認メッセージを送り、記録へ戻す
  • 主要取引先への売上依存度を把握する
  • 働き方が強く拘束されている場合は労働者性を確認する

問題が起きた場合は、公正取引委員会や都道府県労働局への申出のほか、弁護士へ無料相談できるフリーランス・トラブル110番も利用できる。取引条件や支払いの問題なのか、ハラスメントなど就業環境の問題なのか、実態上の労働者性の問題なのかを整理すると、相談先を選びやすい。

発注者側の確認事項

  • 発注テンプレートに法定の明示事項を組み込む
  • 納品日を起点に支払期限を自動管理する
  • 仕様変更には追加費用と納期変更の承認を付ける
  • 社員向けハラスメント規程と窓口をフリーランスにも適用する
  • 調達、現場、法務、経理で責任者を明確にする
  • 6か月以上の委託では育児・介護への配慮と解除予告を管理する
  • 業務委託の実態が雇用に近づいていないか定期的に点検する

今後の注目点

次の評価軸は、指導件数ではなく、違反が再発しない取引慣行を作れるかである。

2026年8月以降に確認したい点は明確だ。

  • 支払義務違反と明示義務違反が次年度に減少するか
  • 情報通信、専門・技術サービス、運輸などで業界別の改善策が定着するか
  • 申出604件がどのような相談経路と是正につながったか
  • 原状回復の対象人数、内容、再発防止策がより詳しく公表されるか
  • 厚生労働省側のハラスメント・募集表示への指導が改善につながるか
  • 偽装請負や誤分類を含む労働者性の相談に、監督行政がどう対応するか
  • プラットフォーム取引で発注責任が明確になるか

まとめ――守る法律から、守られる取引へ

フリーランス新法は、発注条件の明示、60日以内の支払い、買いたたきや無償のやり直しの禁止によって、個人が企業と取引する際の最低線を引いた。2025年度の1,552件の措置と1,734万円の原状回復は、法律が実際の是正に使われ始めた証拠である。

同時に、支払いと条件明示だけで違反類型の8割を超えた事実は、契約実務の遅れも示した。法律だけで収入、仕事量、社会保障まで安定するわけではない。

今後問われるのは、発注書の枚数ではない。追加作業を無償にせず、納品後の支払いを遅らせず、相談した人の次の仕事を奪わない運用を定着させられるかである。次年度の公表では、措置件数の増減とともに、同じ発注者・業界で違反が繰り返されていないかを確認する必要がある。

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