2027年度の介護報酬改定で人手不足は止まるか――賃上げと生産性向上の条件
2027年度の介護報酬改定で最優先すべきなのは、介護職員の賃上げを一時的な補助で終わらせず、事業所が継続的に給与へ反映できる仕組みにすることだ。ICTや見守り機器も必要だが、人員削減だけを目的にすれば、利用者の安全と職員の定着を損ねかねない。
厚生労働省は2026年8月28日、社会保障審議会の介護給付費分科会で、処遇改善や生産性向上を議論した。家族にとっての焦点は、必要なときに訪問介護や施設サービスを利用できる体制を維持できるかにある。
- 2026年度に必要とされる介護職員は約240万人
- 2022年度の約215万人を基準にすると約25万人の上積みが必要
- 2026年6月の介護関係職種の有効求人倍率は全国平均3.76倍
- 賃上げ、事務負担の軽減、サービスの安全性を一体で設計する必要がある
8月28日の審議会で何が議論されたのか
今回の会合は、2027年度介護報酬改定に向けた検討の一環だ。
厚生労働省が示した議題は、次の5分野にまたがる。
- 介護人材の確保に向けた処遇改善
- 介護現場の生産性向上
- 高齢者虐待の防止と安全性の確保
- 災害時の業務継続
- 介護現場のハラスメント対策
この並びには意味がある。介護人材を確保するには給与を上げるだけでなく、夜勤の負担、記録業務、職場の安全、災害時の対応まで改善しなければならないからだ。
厚労省資料によると、2022年度の介護職員数約215万人に対し、自治体の介護サービス見込み量から推計した必要数は2026年度に約240万人、2040年度には約272万人となる。単純計算では、2026年度までに約25万人、2040年度までに約57万人を追加で確保する必要がある。
さらに、2026年6月の介護関係職種の有効求人倍率は全国平均3.76倍だった。全職業の1.01倍を大きく上回る。事業所同士で人材を奪い合うだけでは、必要数を満たせない局面に入っている。
賃上げは進んだが、持続性が問われる
処遇改善加算によって、介護職員の給与は実際に上昇している。ただし、上昇分の中身を確認する必要がある。
厚労省の実態調査では、処遇改善加算を取得する事業所の常勤介護職員について、2024年9月から2025年7月までに次の変化があった。
- 基本給等:24万5,980円から25万2,110円へ、6,130円増
- 平均給与額:33万4,500円から34万1,340円へ、6,840円増
- 基本給等の上昇率:2.5%
- ベースアップ分を区別できた事業所での平均ベア率:1.9%
ここで注意したいのは、6,130円の増加には定期昇給も含まれることだ。職員が物価上昇や他産業の賃上げに追いついたと実感できるかは、毎月の賃金水準を一律に引き上げるベースアップがどこまで続くかで決まる。
補助金だけでは採用計画を立てにくい
単年度の補助金は、急場の離職防止には役立つ。一方、翌年度以降の財源が確定していなければ、事業者は恒久的な基本給の引き上げや正規職員の増員に慎重になる。
2027年度改定では、少なくとも次の点を明確にすべきだ。
- 賃上げ原資が何年間確保されるのか
- 加算取得のための申請・報告をどこまで簡素化するのか
- 訪問介護、施設、ケアマネジメントなどサービス間の格差をどう扱うのか
- 増えた報酬が職員の基本給へ反映されたかをどう検証するのか
処遇改善加算の取得率は高いものの、未取得事業所は「算定要件を達成できない」「事務作業が煩雑」「申請を担う職員がいない」といった理由を挙げている。人手が少ない事業所ほど申請できず、支援からこぼれる逆転現象は避けなければならない。
ここがポイント: 介護報酬を増やすだけでは不十分だ。職員の基本給に届く仕組み、事業所が申請できる簡素さ、利用者負担と保険料への影響を同時に確認する必要がある。
生産性向上は「ケアの時間を増やす」ために使う
介護テクノロジーには、現場の負担を減らす効果が確認されている。
厚労省の実証では、夜間の見守り機器を使った介護老人福祉施設で、「直接介護」と「巡回・移動」の合計時間が約100分減少した。訪問・通所系サービスでも文書記録時間が約16分減り、ケアプランデータ連携システムでは、居宅介護支援事業所の実績確認と入力業務が約6.5時間削減された事例が示された。
削減できるのは、主に移動、転記、定型的な確認作業だ。そこで生まれた時間を、利用者との会話、状態変化の確認、家族への説明、職員の休憩に振り向けられれば、サービスの質と定着率の両方を改善できる。
導入費用と小規模事業所の壁
機器を購入すれば自動的に成果が出るわけではない。
- 通信環境や端末の整備費がかかる
- 職員研修と運用ルールの策定が必要になる
- 複数システムに同じ情報を入力する状態では負担が減らない
- 故障時や災害時には代替手順が要る
- 利用者のプライバシーと安全性を検証しなければならない
大規模法人は専門担当者を置きやすいが、小規模な訪問介護事業所や地方の事業所には難しい。国や都道府県が共同調達、標準仕様、研修、導入後の相談まで支援しなければ、地域間格差が広がる可能性がある。
家計と暮らしにはどう影響するのか
介護報酬は、事業者に支払われるサービス価格である。その引き上げは職員の待遇改善につながる一方、利用者の自己負担、介護保険料、公費にも影響する。
生活者が見るべき場面は三つある。
サービスを利用する高齢者
人手不足が続けば、希望する曜日に訪問介護を頼めない、短期入所の受け入れ枠がない、住み慣れた地域で事業所を選べないといった問題が起きる。報酬改定の第一の目的は、こうした供給不足を防ぐことにある。
介護する家族
サービスが確保できなければ、家族が仕事を休む時間が増える。介護離職や収入減少は、介護保険会計には直接表れなくても、日本社会全体では大きな損失だ。
保険料を負担する現役世代と高齢者
報酬を引き上げれば、保険料や税による負担が増える可能性がある。だからこそ、投入額だけでなく、職員数、離職率、サービス休止件数、待機状況などの結果を公開する必要がある。
批判的に見るべき三つの論点
財源を投じる以上、政策効果を測れる制度にしなければならない。
1. 賃上げが人材確保につながったか
加算を配った事業所数だけでは足りない。基本給の上昇、採用数、離職率、勤続年数を地域別・サービス別に追う必要がある。
2. テクノロジーが安全性を損なっていないか
見守り機器の導入を理由に人員配置を緩和する場合は、転倒、事故、虐待、職員の夜勤負担がどう変化したかを先に検証すべきだ。省力化による削減額だけを成果指標にしてはいけない。
3. 地方のサービスを維持できるか
人口減少地域では、利用者が少ないため通常の出来高払いだけでは事業が成立しにくい。厚労省は、市町村が関与する事業として介護保険財源を活用し、訪問、通所、短期入所などを柔軟に組み合わせる仕組みも検討している。
ただし、市町村へ責任と事務負担を集中させれば、財政力や職員数によって地域差が生じる。都道府県による広域調整と国の財政支援が欠かせない。
別の見方――報酬引き上げだけで解決できるのか
介護職員の確保に報酬引き上げが必要だという点には、強い合理性がある。一方、現役世代が減少する中で、必要人数を従来と同じ仕事の進め方のまま増やし続けることにも限界がある。
現実的な政策は、次の組み合わせになる。
- 賃金とキャリア形成を改善し、離職を防ぐ
- 介護助手など多様な人材と専門職の役割を分ける
- 記録や請求を標準化し、重複作業を減らす
- 法人間で採用、研修、バックオフィスを共同化する
- 外国人材には日本語教育、住居、相談支援を含む定着策を用意する
外国人材や機器は、低賃金を放置する理由にはならない。専門職が利用者の状態判断や身体介護に集中できる環境をつくる手段として位置づけるべきだ。
2027年度改定までの注目点
今後は、報酬改定率の大きさだけでなく、配分方法を確認したい。
- 処遇改善分が基本報酬と加算のどちらで措置されるか
- 小規模事業所の申請事務が簡素化されるか
- 訪問・通所系サービスにも生産性向上の評価が広がるか
- 見守り機器と人員配置基準の関係に安全条件が設けられるか
- 中山間・人口減少地域への追加費用を誰が負担するか
- 賃上げ、離職率、サービス供給量の検証結果が公表されるか
まとめ
事実として、介護職員の給与は改善している。それでも、2026年度に必要とされる約240万人の確保と、介護関係職種の高い求人倍率を踏まえれば、対策はまだ十分とはいえない。
2027年度改定の成否を決めるのは、報酬改定率だけではない。職員の基本給に届くか、小規模事業所でも使えるか、利用者の安全と地域のサービスを守れるかが判断基準になる。
次に確認すべき具体的な数字は、改定率と同時に示される配分先、利用者負担への影響、そして改定後の離職率だ。ここが曖昧なままなら、予算を増やしても「介護を頼みたいのに人がいない」という暮らしの問題は残る。
