EBPMが日本の政策を変えきれない理由――数字より難しい「やめる判断」
EBPMが日本で定着しにくい最大の理由は、データ不足だけではありません。効果が弱いと分かった政策を縮小・廃止し、限られた予算や人員を別の政策へ移す仕組みが弱いことにあります。
政策には、効果だけでなく公平性、緊急性、安全保障、地域事情といった価値判断も必要です。したがって、目指すべきは「数字が政治を決める政府」ではなく、政治がエビデンスを踏まえて選び、その理由と結果を説明する政府です。
この記事で押さえたい点は、次の4つです。
- 日本には政策評価法、行政事業レビュー、EBPMアクションプランなどの制度がすでにある
- それでも、事業の実施件数を測るだけで、生活や社会がどう変わったかまで検証できないケースが残る
- 担当者の短い在任期間、府省・自治体をまたぐデータの分断、失敗を認めにくい組織運営が改善を妨げる
- EBPMを根付かせる鍵は、高度な分析の量よりも、結果を予算・制度改正・撤退判断へつなぐことにある
日本にはすでに政策を評価する制度がある
日本の課題は「評価制度がないこと」ではなく、複数の制度が政策改善まで一貫してつながりにくいことです。
国の政策評価は、2002年に施行された「行政機関が行う政策の評価に関する法律」を土台としています。同法は、政策効果を客観的かつ厳格に評価し、その結果を政策へ反映するとともに、国民への説明責任を果たすことを目的に掲げています。
一方、行政事業レビューは、各府省庁が予算や基金を使う原則すべての事業を毎年度点検する仕組みです。事業の目的や課題に沿って成果指標を設定し、結果を翌年度の予算要求や事業執行へ反映します。令和6年度からは、基礎的なEBPMを取り入れたレビューシートが予算編成で活用されています。
さらに政府は、重要政策についてロジックモデルや検証方法を定めるEBPMアクションプランを進めています。2026年2月には、行政改革推進会議の下で新たなEBPM推進委員会が開かれ、令和8年度の取組方針を決定しました。
制度を整理すると、役割には違いがあります。
- 政策評価:政策全体の必要性、有効性、効率性などを評価する
- 行政事業レビュー:予算を使う個々の事業を毎年度点検する
- EBPMアクションプラン:重要分野で、政策目的から効果検証までの道筋を明確にする
- 政治判断:評価結果に加え、公平性、負担配分、緊急性などを踏まえて最終的に選択する
枠組みはそろいつつあります。それでも定着した実感が乏しいのは、評価書を作ることと、政策を変えることの間に距離があるからです。
定着を阻む第一の壁は「測りやすい数字」への偏り
実施件数を数えても、政策が人の暮らしを改善したかは分かりません。
補助金事業なら、交付件数や説明会の参加者数は比較的簡単に集計できます。しかし、本当に知りたいのは、補助を受けた企業の生産性や賃金が上がったのか、支援がなければ実現しなかった投資なのか、支援終了後も効果が続いたのかです。
ここでは、3種類の指標を区別する必要があります。
- アウトプット:行政が何を実施したか。交付件数、研修回数、整備した施設数など
- 中間アウトカム:対象者の行動や現場がどう変わったか。受診率、就業継続率、手続時間など
- 最終アウトカム:社会課題がどこまで改善したか。健康寿命、所得、出生動向、事故率など
行政が直接管理しやすいのはアウトプットです。最終アウトカムは景気、人口構成、地域差、民間の行動など多くの要因に左右されます。そのため、評価担当者は確実に報告できる件数へ寄りやすくなります。
しかし、政策目的が「設備を導入すること」ではなく「企業の競争力を上げること」なら、導入件数だけで成功とは言えません。測定しやすさと政策的重要性は別物です。
相関関係だけでは政策効果を判定できない
数字がそろっても、因果関係という次の難問があります。
例えば、ある就労支援を利用した人の就職率が高くても、支援の効果とは限りません。もともと就職意欲が高い人ほど参加していた可能性があるからです。支援を受けなかった場合と比べて何が変わったのかを確かめるには、比較対象の設定や制度導入前後の分析が必要になります。
無作為化比較試験が適する政策もありますが、全国一律の制度や緊急対策では実施できない場合があります。公平性や倫理上の理由から、対象者を無作為に分けられないこともあります。
したがって、すべての政策に同じ厳密さを求めるのは現実的ではありません。重要なのは、分析の限界を隠さず、次のように証拠の強さを区別することです。
- 事業実績を把握できた段階
- 政策対象者の変化を確認できた段階
- 比較分析によって効果の可能性が高まった段階
- 因果効果を相当程度確認できた段階
評価の時期と政治の時期が合わない
政策は早く答えを求められますが、効果検証には時間がかかります。
物価高、災害、感染症、外交・安全保障上の危機では、政府は十分な検証を待たずに動かなければなりません。未知の課題に対しては、まず実施し、その後にデータを集めて改善する方法が現実的です。令和8年度のEBPM取組方針も、未知の課題には最善と考える対応を速やかに取り、効果を把握して改善する考え方を示しています。
問題は、緊急時に始めた政策が平時になっても見直されない場合です。
- 制度を利用する個人や企業が増え、廃止への反発が強くなる
- 執行する省庁や自治体に業務と組織が定着する
- 関連業界が設備投資や雇用を行い、急な変更が難しくなる
- 政治家にとって、廃止の不利益は見えやすい一方、予算を別用途へ移す利益は見えにくい
効果が出るまで長い政策にも注意が必要です。教育、少子化、研究開発、防災インフラは、単年度の結果だけでは判断できません。短期間で成果が見えないからと打ち切れば、必要な投資まで失います。
現実的な評価には、政策ごとに異なる時間軸が要ります。
- 緊急対策には、開始時点で終了条件と再審査日を置く
- 長期投資には、最終成果へ至る中間指標を置く
- 恒久制度には、数年ごとの本格的な見直しを組み込む
- 効果が不確かな新規事業には、小規模な試行と段階的拡大を使う
ここがポイント: EBPMは、政策を始める前に完璧な答えを出す手法ではありません。不確実な状況で試し、結果を確かめ、拡大・修正・終了を選び直す仕組みです。
組織のインセンティブが「失敗から学ぶ」ことを難しくする
評価で悪い結果が出たときに担当者だけが損をする組織では、正直な検証は定着しません。
政策効果が弱かったと認めれば、予算削減や組織縮小を招くかもしれません。国会や報道では「税金の無駄」と批判される可能性もあります。すると、担当部局には低い目標を設定する、都合のよい指標を選ぶ、不都合なデータを前面に出さないという誘因が生まれます。
これは個々の公務員の姿勢だけで解決できる問題ではありません。制度設計の問題です。
改善には、政策の失敗と行政運営の失敗を分ける必要があります。十分な根拠をもって試行し、想定外の結果を公開し、速やかに修正したのであれば、それは政策運営の前進です。反対に、効果が弱いと分かっても検証せず続ける方が、財政と国民の信頼を損ないます。
人事異動で検証の知識が途切れる
EBPMは、統計担当者だけでは完結しません。制度の運用、対象者の行動、現場の制約を知る担当者と、分析を担う研究者や専門家をつなぐ人材が必要です。
内閣府経済社会総合研究所が2026年に公開した社会保障分野のインタビューでは、政策の「ラストワンマイル」は現場の人材が担うと指摘されています。同じ資料では、1年程度では業務知識や関係機関との連携を習得しにくく、3年程度同じ担当として関わることが望ましいとの見解も示されました。
短期間の異動が続けば、評価設計を理解した頃に担当者が替わります。新しい担当者は、前任者が作った指標を報告のために埋めるだけになりかねません。
必要なのは、全職員を高度な統計専門家にすることではありません。
- 現場担当者は、政策目的とデータの意味を理解する
- 分析専門家は、因果推論や評価設計を担う
- 管理職は、結果を予算や制度改正へつなぐ
- 府省横断の調整役は、異なるデータと政策分野を結びつける
役割を分けた継続的なチームの方が、異動の多い行政組織には適しています。
データ連携には利点と守るべき境界がある
政策を横断して検証するにはデータ連携が必要ですが、目的を限定しなければ国民の信頼を失います。
少子化対策を例にすると、出生動向だけを見ても政策は選べません。保育、住宅費、通勤時間、長時間労働、雇用の安定、男性育休など、複数分野の中間的な変化を確認する必要があります。
社会保障でも同じです。介護職員の離職を分析するなら、賃金や人員配置だけでなく、ICT導入、残業時間、事業所規模、地域の労働市場などが関係します。ところが、データの形式、収集単位、更新時期、管理主体が異なると、分野をまたぐ分析は難しくなります。
一方、個人単位の行政データを無制限に結びつければよいわけではありません。検証に必要な範囲を超えた利用は、プライバシー侵害や監視への懸念を招きます。
データ連携には、少なくとも次の条件が要ります。
- 利用目的と検証する政策を明示する
- 必要な項目だけを使い、保存期間を定める
- 個人を直接識別しない加工や安全な分析環境を整える
- 誰がアクセスし、どのような分析をしたか記録する
- 外部研究者が検証できる仕組みと、漏えい時の責任を明確にする
データを集めること自体を成果にしてはいけません。必要なのは、国民の権利を守りながら、政策選択に使える形へ変えることです。
エビデンスだけでは決められない政策がある
EBPMは政治判断を排除する仕組みではなく、政治判断の前提を明らかにする仕組みです。
政策には、同じデータから複数の選択肢が生まれる場面があります。
例えば、限られた医療資源をどこへ配分するかを考えるとき、費用当たりの健康改善だけを重視すれば都市部への集中が合理的に見える場合があります。しかし、離島や過疎地でも救急医療へ到達できる体制を維持することは、地域社会と国土を支える政策でもあります。
防衛、食料安全保障、基礎研究も、短期の費用対効果だけでは評価できません。危機が起きなかったこと、将来の選択肢を維持したことには、簡単に価格を付けられないからです。
政治が決めるべき主な価値判断には、次のようなものがあります。
- 効率性と地域間の公平をどう両立するか
- 現役世代と将来世代の負担をどう配分するか
- 平時の効率と危機時の余力のどちらを重く見るか
- 少数者の権利を多数の便益とどう調整するか
- 国内生産の維持に、どこまで追加費用を負担するか
エビデンスは、それぞれの選択で誰が利益を得て、誰が負担し、何が失われるかを示せます。しかし、どの価値を優先するかまでは自動的に決められません。
だからこそ政治家には、「専門家がそう言ったから」ではなく、採用した選択肢と採用しなかった選択肢、その理由を説明する責任があります。
EBPMに対する反論はどこまで妥当か
EBPMへの警戒にはもっともな部分がありますが、評価を行わない理由にはなりません。
「数字で測れない価値が切り捨てられる」
これは現実的な懸念です。文化、安心感、地域のつながり、尊厳などは単一のKPIに置き換えられません。
対策は、測れない価値を無視することではなく、定量評価と定性評価を組み合わせることです。利用者への聞き取り、現場観察、苦情や離脱理由の分析も証拠に含まれます。ただし、個別事例を社会全体へ安易に一般化しない注意が必要です。
「分析に時間をかけると対応が遅れる」
緊急時には正しい反論です。完全なデータを待って動けないことは避けなければなりません。
ただし、迅速な実施と事後検証は両立します。開始時に仮説、指標、見直し時期を決めておけば、危機対応を恒久化せずに済みます。
「海外や他地域の成功例は日本で再現できない」
これもその通りです。人口構成、制度、文化、実施主体が違えば、同じ政策でも結果は変わります。
だからEBPMでは、「何が効いたか」だけでなく、どの条件で、誰に、どのように効いたかを確認します。成功事例をそのまま全国展開するのではなく、条件が近い地域で試し、結果を見ながら広げる方が安全です。
生活者にとってEBPMは何を変えるのか
EBPMの価値は評価書の精密さではなく、税金と行政サービスの選び直しにあります。
家計や地域生活への影響は、次の場面に表れます。
- 効果の低い給付や補助を見直し、より困っている層へ支援を集中できる
- 健診の受診勧奨など、実際に行動を変えた方法を他地域でも応用できる
- 利用者が少ない行政サービスについて、廃止か改善かを実績に基づいて議論できる
- 災害対策やインフラ更新で、危険度と費用を踏まえた優先順位を示せる
- 制度変更後の副作用を早く見つけ、対象要件や運用を修正できる
ただし、平均値だけを見ると影響の偏りを見落とします。政策全体では効果があっても、高齢者、子育て世帯、障害者、地方在住者、小規模事業者など特定の集団へ負担が集中する場合があります。
政策評価では「平均して効いたか」に加え、「誰に効かなかったか」「誰が負担したか」まで確認しなければなりません。
定着に必要なのは評価書ではなく意思決定の変更
EBPMを根付かせるには、評価結果が予算査定、制度改正、現場運用に届く経路を固定する必要があります。
現実的な改革は、次の順序で進められます。
1. 新規政策に見直し条件を組み込む
政策開始時に、目的、対象者、比較方法、中間指標、再評価時期を定めます。時限措置には、延長する条件と終了する条件の両方を置きます。
2. 予算要求で評価への回答を求める
指標が悪化した事業については、前年度と同じ説明のまま予算を要求できない仕組みにします。継続するなら、改善策、代替案、縮小できない理由を示す必要があります。
3. 小さく試してから拡大する
効果が不確かな事業は、地域や対象を限定して始めます。結果が良ければ拡大し、悪ければ修正または終了する。全国一律で始めて撤退を難しくするより、財政上の損失も抑えられます。
4. 評価結果を比較可能な形で公開する
行政事業レビューの見える化は前進です。次は、似た事業の目的、予算、対象者、成果指標を横断比較しやすくする必要があります。国民や国会が「前年より増えたか」だけでなく、「他の手段より有効か」を確認できる形が望まれます。
5. 政治判断の理由を記録する
エビデンスに反する選択が、常に誤りとは限りません。公平性や安全保障を優先する場合もあります。その際は、どの証拠を確認し、どの価値を優先し、どの負担を受け入れたのかを公表することが重要です。
今後の注目点
2026年度以降は、政府の推進体制が整ったかではなく、政策が実際に変わったかを見る段階です。
確認すべきポイントは明確です。
- 行政事業レビューの指摘が、翌年度予算の減額・重点化・事業設計にどう反映されたか
- EBPMアクションプランで、医療、まちづくり、少子化、公教育などの中間指標が実際の改善へ使われたか
- 効果が弱い事業について、廃止だけでなく対象変更や小規模実証への切替が行われたか
- 府省・自治体をまたぐデータ連携で、利用目的とプライバシー保護が両立したか
- 評価結果と異なる政治判断をした場合、その理由が国会や国民へ説明されたか
EBPMの成否は、評価資料の数では測れません。次の予算編成で、どの事業を続け、どれを直し、どれを終えたのか。そこに説明が付いているかが、最も具体的な判断材料になります。
まとめ
日本では、政策評価法、行政事業レビュー、EBPMアクションプランという基盤が整備されてきました。事業の目的と指標を結びつける作業も広がっています。
一方で、測りやすい件数への偏り、因果関係の難しさ、短い人事サイクル、分野をまたぐデータの分断、政策の失敗を認めにくい組織上の誘因が残ります。これらは分析技術だけでは解決できません。
政治判断もなくなりません。公平性、安全保障、将来世代への責任は、数字だけでは決められないからです。
だからこそ、必要なのは「エビデンスか政治か」という二択ではなく、エビデンスを確認した政治が選択理由と結果に責任を持つ仕組みです。次に見るべきなのは新しい会議体の設置ではなく、効果の弱い政策が実際に修正され、予算と人員がより必要な場所へ移ったかどうかです。
