結婚支援だけでは出生数は戻らない――自治体が担える役割と少子化対策の境界線
自治体の結婚支援は、結婚を望みながら出会いや初期費用で足踏みしている人には役立つ。一方、それだけで出生数を大きく反転させるのは難しい。未婚化の背景には出会いの不足だけでなく、所得、雇用、住居、長時間労働、家事・育児負担、将来不安が重なっているからだ。
行政が担うべきなのは、結婚へ誘導することではない。希望する人が安全に出会え、結婚後も仕事と子育てを続けられる条件を整えることである。
この記事で分かること
- 自治体の結婚支援が効果を発揮しやすい範囲
- 婚姻件数が増えても出生数が直ちに回復しない理由
- 国と自治体で分けるべき政策の役割
- 結婚支援を評価するときに必要な指標
何が起きているのか――婚姻微増でも出生数は過去最少
婚姻件数と出生数は同じ方向に動くとは限らない。 ここを切り分けないと、結婚支援の成果を過大評価してしまう。
厚生労働省の2025年人口動態統計月報年計(概数)では、日本人の出生数は67万1,236人で過去最少、合計特殊出生率は1.14で過去最低だった。一方、婚姻件数は48万9,119組で前年より4,027組増えている。
婚姻の増加自体は明るい材料だが、出生数の反転には結び付かなかった。婚姻から出産までには時間差があるうえ、結婚した夫婦が何人の子を持つか、また希望する時期に出産できるかは別の条件に左右される。
2021年の第16回出生動向基本調査でも、その分岐が見える。
- 18~34歳の未婚者で「いずれ結婚するつもり」と答えた割合は、男性81.4%、女性84.3%。前回調査からいずれも低下した
- 未婚者の約3人に1人は交際を望んでいなかった
- 夫婦の平均予定子ども数は2.01人で横ばいだった
- 理想の数の子どもを持たない理由では、「子育てや教育にお金がかかりすぎる」が引き続き最多だった
- 不妊の検査・治療を経験した夫婦は22.7%に達した
つまり、少子化には少なくとも三つの段階がある。
- 結婚を希望するか
- 希望する人が相手と出会い、結婚できるか
- 結婚後、希望する数の子どもを持てるか
自治体の婚活イベントやマッチング支援が直接働きかけられるのは、主に2番目だ。1番目の価値観を行政が変えようとすべきではなく、3番目には雇用、住宅、保育、働き方、不妊治療など幅広い政策が必要になる。
行政の結婚支援は何をしているのか
現在の制度は、出会いの支援と新婚生活の費用支援を組み合わせている。 国は「地域少子化対策重点推進交付金」を通じ、地域の実情に応じた自治体事業を支えている。
こども家庭庁が公表した2026年度の制度では、都道府県や市町村の計画に基づき、結婚への取組や、結婚・妊娠・出産・子育てに温かい社会づくりを支援する。対象となる取組には、次のようなものがある。
- 結婚支援センターや相談員による伴走支援
- マッチングシステムの運用・高度化
- 自治体間や官民の連携
- 若い世代へのライフデザイン支援
- 結婚に伴う家賃や引っ越し費用などの負担軽減
これは民間サービスでは届きにくい地域や、費用面・安全面に不安を持つ人の選択肢を増やす政策として意味がある。人口の少ない地域では、市町村単独より都道府県単位で登録者を集める方が、紹介可能な相手の範囲を広げやすい。
ただし、行政サービスである以上、利用は本人の自由意思が前提だ。未婚者全体を「支援対象」とみなし、結婚しない選択を問題扱いすれば、政策への信頼を損なう。
効果が期待できる三つの場面
結婚支援が有効なのは、結婚意思があるのに具体的な障害で止まっている場合である。 対象を絞るほど、政策目的も評価方法も明確になる。
出会いの機会が地域内で不足している
地方では若年人口の減少に加え、進学や就職による人口流出が出会いの母数を小さくする。自治体間で登録情報やイベントを連携できれば、一つの市町村内に閉じた支援より選択肢を増やせる。
ここで重要なのは、イベントの開催回数ではなく、その後の相談や交際支援まで含めた設計だ。参加者を集めただけでは、結婚を望む人の障害が解消されたか分からない。
民間サービスへの不安が利用を妨げている
本人確認、個人情報の管理、料金の透明性、悪質な勧誘への不安は、出会いのサービスを避ける理由になり得る。自治体が一定の基準を示し、相談窓口を設けることには公共的な役割がある。
ただし「行政運営だから安全」とは限らない。委託先を含む情報管理、本人確認、苦情処理、ハラスメント対策を公開し、利用者が確認できる状態にする必要がある。
結婚直後の住居費が壁になっている
婚姻後に転居や新居の契約が必要なら、敷金、礼金、引っ越し代などが一度に発生する。新生活への補助は、この一時的な資金制約に直接届く。
一方、補助が婚姻後の申請に限られる場合、それ以前に結婚を断念している人へは届かない。所得要件、年齢要件、対象経費、実施自治体の違いもあり、制度があるだけで全国の若者を等しく支えられるわけではない。
ここがポイント: 結婚支援は「出会い」「安全」「初期費用」という具体的な障害には働く。しかし、継続的な所得や子育て時間まで代替する政策ではない。
なぜ結婚支援だけでは少子化対策になり切らないのか
出生までの最大の壁は、結婚の成立後にも残る。 行政が成婚数だけを成果にすると、その先の生活条件が評価から抜け落ちる。
若い世代の所得と雇用は自治体だけで変えにくい
結婚後の生活設計には毎月の収入と雇用の見通しが必要だ。単発の補助金は転居時の負担を軽くできても、賃金水準や非正規雇用、育児期の収入減少を解決できない。
最低賃金、税制、社会保険、雇用ルール、産業政策は国の関与が大きい。自治体には企業誘致や就労支援の余地があるものの、全国共通の構造問題を地域の婚活事業へ背負わせるのは無理がある。
出産後の時間不足は「出会い支援」の外にある
第16回出生動向基本調査では、結婚相手の条件として男性が女性の経済力を重視・考慮する割合は48.2%に上昇し、女性が男性の家事・育児能力や姿勢を重視する割合は70.2%へ大きく上昇した。
これは、共働きを前提としながら、家事と育児を一方へ偏らせない関係が求められていることを示す。保育所の利用可能性、育児休業を取りやすい職場、長時間労働の是正、父親の家事・育児参加は、結婚相談員には解決できない。
結婚した全員が子どもを望むわけではない
結婚と出産を自動的に結び付ける政策設計にも注意が要る。子どもを持たない選択をする夫婦もいれば、健康上の事情や不妊によって希望を実現できない夫婦もいる。
成婚者を将来の出生数として数えるような評価は適切ではない。結婚支援の成果は、まず利用者本人の希望がかなったかで測るべきだ。
財源と優先順位をどう考えるか
問題は結婚支援に予算を使うことではなく、効果を確かめずに事業を続けることである。 少子化対策の財源は限られ、同じ予算を保育、人材確保、住宅、雇用支援に使う選択肢もある。
結婚支援事業には、センターの人件費、システム開発・保守、広報、イベント、民間事業者への委託などが必要になる。比較すべきなのは事業費の総額だけではない。
- 登録者1人当たりの公費
- 実際に紹介や相談へ進んだ人の割合
- 交際・成婚に至った割合
- 途中で利用をやめた理由
- 年齢、性別、居住地域による利用機会の偏り
- 成婚1件当たりの費用
- 民間サービスでは届かなかった層への到達度
こども家庭庁の地方自治体調査は、少子化対策の効果、結婚支援センター、マッチングシステム、成婚実績、新婚家庭への経済支援を分けて把握している。これは重要な出発点だが、自治体ごとに対象や運用が違えば、成婚件数だけの単純比較はできない。
イベント参加者が多い都市部と、対象人口が少ない過疎地域では条件が異なる。後者では成婚単価が高くても、民間サービスが成立しにくい地域で最低限の選択肢を維持するという別の価値がある。
賛成論と反対論をどう整理するか
結婚支援の是非は、少子化を一気に解決できるかではなく、限定された障害を公費で除く妥当性で判断すべきだ。
支援を進める立場
賛成論には、次の根拠がある。
- 結婚を望む人は依然として未婚若年層の多数を占める
- 民間サービスの少ない地域では行政が機会を補完できる
- 本人確認や相談体制によって利用時の不安を減らせる
- 転居費など、結婚時に集中する負担へピンポイントで対応できる
この立場の強みは、本人の希望と具体的な障害が対応している点だ。結婚希望者に限定し、利用者の意思を尊重するなら、福祉というより機会へのアクセスを補う政策として説明できる。
優先度を疑問視する立場
反対・慎重論にも理由がある。
- 結婚意思のない人には効果がなく、価値観への圧力になり得る
- 出会いがあっても所得、住宅、仕事と育児の両立問題は残る
- 成婚件数と出生数の因果関係を切り分けにくい
- 行政が収集する機微な個人情報には漏えい・目的外利用のリスクがある
- 民間サービスと重複する地域では公費投入の必要性が薄い場合がある
この批判への答えは、事業を一律に廃止することではない。地域別に市場の不足を確認し、利用者の同意、情報管理、第三者評価、撤退基準まで設けることだ。
国と自治体の役割を分ける
自治体は身近な接点を、国は生活の基盤を受け持つべきである。 役割を混同すると、自治体には解けない問題まで地域事業の成否として扱われてしまう。
自治体が担いやすいこと
- 結婚を希望する人への相談と地域横断の紹介
- 本人確認や安全対策を備えた利用環境
- 地域企業、交通、住宅、移住施策との接続
- 新婚世帯が利用できる制度の一括案内
- 保育や子育て支援へ切れ目なくつなぐ窓口
市町村単独で登録者が少ない場合は、都道府県や近隣自治体との共同運営が合理的だ。システムを自治体ごとに重複開発するより、共通基盤を使い、相談は地域で担う方が費用と利便性を両立しやすい。
国でなければ動かしにくいこと
- 若年層の賃金と雇用の安定
- 税・社会保険による世帯負担の設計
- 育児休業や長時間労働に関する制度と監督
- 住宅政策と広域的な人口集中への対応
- 保育人材の確保とサービス基盤
- 不妊治療、妊娠・出産への医療アクセス
国が担うべき基盤整備を進めず、自治体のマッチング件数だけを増やしても、結婚後の不安は残る。少子化対策としての優先順位は、まず「結婚・出産すると生活が不安定になる」というリスクを小さくすることに置く必要がある。
改善するなら、成果指標を二層に分ける
結婚支援の評価と少子化対策全体の評価は、別の物差しで行うべきだ。 一つの事業へ出生数の回復まで求めると、因果関係が曖昧になる。
第1層:結婚支援そのものの成果
- 希望者が安全にサービスを利用できたか
- 相談や紹介までの待ち時間は短くなったか
- 地域や所得による利用格差を縮めたか
- 交際や成婚へ進んだ人がどの程度いたか
- 利用者の満足度と離脱理由は何か
第2層:結婚後の生活条件
- 若年世帯の可処分所得と住居費負担
- 第1子出産前後の就業継続
- 男女の育児休業取得と家事・育児時間
- 保育サービスへアクセスできるか
- 希望子ども数と予定・実際の子ども数の差
第1層が改善しても第2層が悪化していれば、出生数は伸びにくい。逆に出生数が短期的に増えなくても、結婚を望む人の障害を減らしたなら、結婚支援事業としての効果は評価できる。
今後の注目点
2026年度以降に見るべきなのは、事業数ではなく、誰のどの障害を減らしたかである。
確認したい点は四つある。
- 2026年度の地域少子化対策重点推進交付金で、相談、マッチング、新生活支援へ財源がどう配分されたか
- 自治体が登録者数や成婚数だけでなく、費用、離脱理由、地域差を公表するか
- マッチングに利用する個人情報やAIについて、説明、同意、訂正、削除の手続が整っているか
- 結婚後の住宅、雇用、保育、育児休業へ支援を切れ目なく接続できるか
婚姻件数の増加だけで政策を成功と判断するのも、出生数が減ったから結婚支援は無意味だと切り捨てるのも早い。両者の間にある生活条件を測る必要がある。
まとめ――行政は結婚を促すのではなく、希望を妨げる壁を除く
結婚支援は少子化対策の一部にはなるが、中心策にはなりにくい。 出会いの不足、安全への不安、結婚時の初期費用には対応できる。しかし、継続的な所得、住居、働き方、保育、家事・育児の分担、医療上の課題までは解決できない。
事実として、2025年は婚姻件数が増えた一方、出生数と合計特殊出生率は過去最低だった。見解として言えるのは、結婚支援の効果を出生数だけで判定せず、希望者の障害を減らしたかという直接的な成果と、結婚後の生活基盤を分けて評価すべきだということだ。
次に問われるのは、自治体の成婚実績を競うことではない。結婚してもしなくても生活が尊重され、結婚や出産を望む人が経済的不安や時間不足で諦めずに済む制度へ、限られた財源をどう配分するかである。
