猛暑を「地域任せ」にしない――高齢者の命を守る全国ルールが必要だ
猛暑対策は、自治体の工夫だけでは足りない。クーリングシェルターの指定や高齢者への声かけは地域で実行するしかないが、国が最低基準、安定財源、効果測定を用意しなければ、住む場所によって命を守る仕組みに差がつくからだ。
2024年の熱中症死亡者2,160人のうち、65歳以上は1,835人、85.0%を占めた。2025年5~9月の救急搬送は10万510人に達し、2008年の調査開始以来最多だった。猛暑はもはや、注意喚起だけで乗り切る季節現象ではない。
この記事で押さえたい点は、次の4つだ。
- 市町村にはクーリングシェルターを指定できる制度があるが、指定するかどうかや配置は地域に委ねられている
- 被害は高齢者、とりわけ自宅で適切に冷房を使えない人に集中しやすい
- 国の役割は全国一律の施設数を命じることではなく、到達時間や開放時間など「守るべき最低水準」を定めることにある
- 2026年度の熱中症対策実行計画見直しでは、死亡者数だけでなく、見守りや冷房利用につながったかを測る指標が必要になる
何が起きているのか――死亡者の85%が65歳以上
高齢者保護を抜きに、熱中症死亡者を大きく減らすことはできない。
厚生労働省の人口動態統計によると、2024年の熱中症死亡者は2,160人だった。内訳を見ると、65歳以上が1,835人に上る。75歳以上に限っても1,686人で、死亡者全体の約78%を占める計算になる。
年齢が上がるにつれて、暑さや喉の渇きを感じにくくなる。持病や服薬の影響を受ける人もいる。さらに、一人暮らしで体調悪化に気づく人がいない、電気代を気にして冷房を控える、故障したエアコンを買い替えられない、といった生活条件が危険を増幅する。
救急搬送も高水準だ。消防庁によると、2025年5~9月の全国の熱中症救急搬送は10万510人で過去最多となった。2025年7月だけで3万9,375人が搬送され、その約6割が高齢者だった。
ここで重要なのは、搬送者数と死亡者数が同じ指標ではないことだ。救急搬送は消防機関が搬送した人を数え、死亡者数は人口動態統計で死因を集計する。それでも両方の数字が示す方向は明確である。猛暑による健康被害は一時的な異常ではなく、毎年の行政運営に組み込むべき規模になっている。
現在の制度――国が警報を出し、市町村が避難先を用意する
制度の骨格はできたが、住民を実際に涼しい場所へつなぐ部分は市町村の力量に左右される。
2023年の気候変動適応法改正により、政府の熱中症対策実行計画、熱中症特別警戒情報、指定暑熱避難施設、いわゆるクーリングシェルターが法制度に位置づけられた。特別警戒情報の運用は2024年に始まっている。
二つのアラートは役割が違う
熱中症警戒アラートは、府県予報区などのいずれかの地点で翌日または当日の日最高暑さ指数(WBGT)が33に達すると予測される場合に発表される。住民に日常の予防行動を促す「気づき」の情報だ。
一段上の熱中症特別警戒アラートは、広域で過去に例のない危険な暑さとなり、重大な健康被害が生じるおそれがある場合を対象とする。このとき、あらかじめ市町村長が指定したクーリングシェルターが開放される。
ただし、クーリングシェルターは自治体が指定している場合に限られる。公民館、図書館、商業施設などが想定されているものの、場所、開放日、利用時間、受け入れ人数は一様ではない。
「施設がある」と「使える」は同じではない
高齢者保護の観点では、指定件数だけを増やしても不十分だ。
- 徒歩で安全に到達できる距離にあるか
- 最も暑い時間帯や休日に開いているか
- 座って休めるか、水分を取れるか
- 車いすや歩行器で利用できるか
- 施設の存在を独居高齢者へ個別に伝えられているか
- 移動そのものが危険な人には在宅支援が届くか
真昼に長い距離を歩かなければ着かない施設は、歩行に不安がある人の避難先になりにくい。平日の役所開庁時間だけ開く施設も、夜間や休日の高温には対応できない。
ここがポイント: クーリングシェルターは必要だが、それだけで高齢者を守れるわけではない。外出できる人には避難先を、外出が難しい人には冷房費・機器・見守りを届ける二本立てが必要になる。
なぜ自治体だけでは足りないのか
最大の問題は、暑さの深刻さと自治体の財政力・人員が一致しないことだ。
実施主体は地域でも、格差の調整は国の仕事
地域ごとに人口密度、公共施設、交通事情、高齢化率は違う。したがって、市町村が地域の実情に応じて施設を選び、福祉部門や消防、医療機関と連携する仕組み自体は合理的である。
一方、小規模自治体ほど保健師や福祉職員が限られ、民生委員にも多くの役割が集中する。民間施設と協定を結び、地図を更新し、休日の開放を調整し、対象者を訪問するには人手と継続経費が要る。単年度のモデル事業だけでは、毎夏の業務として定着しにくい。
国が全国一律に「人口何人につき1施設」と決めればよいわけでもない。都市部と山間部では、同じ施設数でも到達しやすさがまるで違うからだ。必要なのは、次のような成果に近い最低基準である。
- 高齢者が徒歩や地域交通で到達できる圏内に避暑先がある
- 危険な時間帯、土日、祝日にも利用できる場所が確保される
- 独居、要介護、生活困窮などのリスクに応じた個別連絡が行われる
- エアコンのない世帯や故障世帯を、設置・修理支援へつなぐ
- 救急搬送や死亡事例を検証し、翌年度の配置と支援対象を改める
国は基準と財源を示し、都道府県は市町村をまたぐ情報整理や応援体制を担い、市町村は住民への実装を担う。この分担なら、地域の裁量を残しながら最低限の安全を確保できる。
「自助」だけでは届かない人がいる
環境省は、涼しい環境で過ごすこと、高齢者や子どもへの見守り・声かけを呼びかけている。これは正しい。しかし、冷房設備がない、電気料金を払う余裕が乏しい、認知機能の低下で警報を行動に移せない人に、呼びかけだけを重ねても限界がある。
環境省の地域モデル事業でも、独居高齢者への見守り、社会福祉協議会との連携、民生委員らによる訪問が試みられてきた。今後は「先進事例の横展開」にとどめず、地域包括支援センター、介護事業者、社会福祉協議会、電力・ガス事業者などが、個人情報保護に配慮しながら異変を拾う手順を制度化する段階に入るべきだ。
財源をどう考えるか――施設整備より運用費が抜け落ちやすい
猛暑対策の財源は、建物の冷房化だけでなく、人が毎日動くための費用まで含めなければ機能しない。
必要な支出は、大きく三層に分かれる。
1. 地域の共通基盤
公民館や図書館の断熱・冷房改修、クーリングシェルターの案内表示、暑さ指数の測定機器、施設情報の地図化などである。学校体育館への空調整備は災害時の避難環境にも役立つが、平時の高齢者保護とは利用時間や場所が必ずしも一致しない。目的を混同せず、日常的に立ち寄れる施設も確保する必要がある。
2. 見守りの運用費
電話、訪問、名簿更新、研修、休日対応、関係機関の調整には毎年費用がかかる。ここを無償の善意に寄せすぎると、担い手の高齢化や不足によって制度が先細りする。
民生委員や地域団体は重要な協力者だが、行政の責任まで移すべきではない。専門職が高リスク者を選定し、地域の協力者が日常の接点を補い、緊急時は救急・医療へつなぐ線引きが必要だ。
3. 個人の冷房利用支援
生活保護制度では、一定の条件を満たし、熱中症予防が特に必要な人がいる世帯について、冷房器具の購入費を7万8,000円の範囲内で認定できる取扱いがある。しかし対象には要件があり、すべての低所得高齢者が利用できるわけではない。
制度の谷間にいる住民には、自治体独自の購入・修理助成、社会福祉協議会の貸付、電気料金相談などが考えられる。ただし地域の独自財源だけに依存すれば格差が広がる。国の交付金には、次の要素を組み込むべきだ。
- 高齢化率だけでなく、独居率、所得、住宅性能、医療への距離を反映する
- 設備購入だけでなく、修理、点検、電気料金、見守り人件費も対象にする
- 一律配布ではなく、高リスク世帯を優先する
- 支給件数ではなく、冷房利用や健康被害の減少を検証する
財源の優先順位も問われる。全国民への一律支援は分かりやすいが、同じ金額でも健康上の効果は世帯によって異なる。死亡リスクを下げる目的なら、独居の後期高齢者、要介護者、低所得者、冷房のない住宅への重点配分が合理的だ。
国益と社会保障の問題として見る
熱中症対策は環境政策にとどまらず、医療、介護、労働力、電力供給を同時に守る政策である。
救急搬送が急増すれば、救急隊と医療機関に負荷がかかる。介護職員や訪問看護師は、自ら暑熱リスクを負いながら利用者宅を回る。家族が仕事を休んで高齢者を見守れば、家計と職場にも影響が及ぶ。
また、「エアコンを使う」という助言は、電力の安定供給があって初めて成立する。猛暑時の需要増に耐える発電・送配電網、停電時に高齢者施設や避暑施設を支える非常用電源も、気候適応の一部である。
国益を実務的に捉えるなら、重要なのは次の連鎖を切ることだ。
- 猛暑で高齢者の体調が悪化する
- 救急・医療・介護の需要が同時に増える
- 現場職員の負担と欠勤が増える
- 地域の医療提供力が落ちる
- 防げたはずの重症化や死亡が増える
予防に費用をかけないことが、必ずしも財政節約になるとは限らない。もっとも、冷房助成や訪問支援の費用対効果は一律ではない。だからこそ、自治体ごとの事業件数だけでなく、救急搬送、重症化、死亡、支援対象者の冷房利用状況を追跡し、効果の高い手法へ予算を移す必要がある。
批判的に見るべき論点
対策を増やすだけでなく、誰に届き、誰が責任を負うのかを明確にしなければならない。
アラートの発表だけで成果としない
警戒情報を受け取っても、住民が何をすべきか分からなければ被害は減らない。アラートの発表回数やメール登録者数は運用指標にはなるが、政策の最終成果ではない。
確認すべきなのは、対象者が冷房を使ったか、見守り先と連絡がついたか、施設へ安全に移動できたかである。情報発信から行動までの断絶を測る必要がある。
名簿を作るだけでは保護できない
高齢者名簿や避難行動要支援者名簿があっても、猛暑時に誰が連絡し、応答がない場合にどうするかが決まっていなければ役に立たない。災害対応の名簿をそのまま転用できるとも限らない。
対象を広げすぎれば、職員が全員を確認できなくなる。年齢だけでなく、独居、要介護度、認知機能、住宅の冷房設備、経済状況、直近の受診歴などを組み合わせ、優先順位をつける必要がある。ただし、情報共有の範囲、本人同意、データの更新責任は明文化しなければならない。
移動を促すことが危険になる場合もある
クーリングシェルターへの移動は万能ではない。自宅に冷房があり、適切に使える人は、危険な時間帯に外出しない方が安全だ。歩行が難しい人を一律に外へ誘導すれば、移動中の熱中症や転倒を招きかねない。
政策は「施設へ来てもらう」だけでなく、次の分岐を用意すべきである。
- 自宅で安全に過ごせる人には、冷房利用と体調確認を支援する
- 自宅の冷房が使えない人には、早い時間帯の移送や一時滞在先を確保する
- 医療・介護上のリスクが高い人には、専門職が個別計画を作る
- 停電時には、非常電源のある施設や福祉輸送へつなぐ
別の見方――地域裁量を狭めすぎてはいけない
全国基準が必要でも、運用まで中央政府が細かく決めるのは現実的ではない。
自治体によって、使える公共施設、民間商業施設、地域交通、町内会、介護事業者の配置は異なる。国が画一的な施設数や巡回方法を指定すると、書類上の基準を満たすための事業になり、地域にある既存のつながりを生かせなくなるおそれがある。
また、支援を手厚くしすぎると行政コストが膨らみ、見守られる側が監視と感じる可能性もある。本人の意思を尊重しつつ、生命の危険が高い場面でどこまで介入するかは難しい問題だ。
現実的な均衡点は、次の役割分担にある。
- 国:最低基準、安定財源、統一的なデータ項目、効果検証
- 都道府県:広域調整、小規模市町村への技術支援、医療との接続
- 市町村:施設配置、対象者の把握、福祉・介護・地域団体との実務連携
- 事業者・地域団体:場所の提供、日常の接点、異変の早期把握
- 住民・家族:可能な範囲での予防行動と早期相談
自助を否定する必要はない。しかし、自助が難しい人を見つけて支えることこそ、公助の役割である。
2026年度の計画改定で問われること
政府は、2030年の死亡者半減目標を実行可能な政策へ落とし込めるかを問われている。
2023年に閣議決定された熱中症対策実行計画は、策定時の5年移動平均死亡者数1,295人を基準に、2030年に半減する目標を掲げた。目安は年間650人程度である。
ところが、2024年の死亡者は2,160人に達し、5年移動平均も上昇した。環境省は2026年度を目途に実行計画を見直すとしており、中央環境審議会の熱中症対策小委員会は、目標のあり方、府省庁の連携、自治体・産業界への支援、アラートの情報発信などを論点に挙げている。
今後、特に確認すべき点は次の5つだ。
- 死亡者数の目標を維持するだけでなく、達成までの年次工程を示すか
- 高齢者の居住状況や所得を踏まえ、国費を重点配分する仕組みを設けるか
- クーリングシェルターを件数ではなく、到達性・開放時間・利用実績で評価するか
- 厚生労働、環境、総務、国土交通、経済産業など関係省庁の責任を明確にするか
- 自治体のモデル事業を恒常的な見守り制度へ移行できるか
2026年の救急搬送統計は夏の途中段階であり、年間評価には使えない。今季の暑さだけで政策の成否を判断せず、秋以降に公表される搬送状況と、翌年にまとまる死亡統計を分けて確認する必要がある。
まとめ――地域で動き、国が格差を埋める
猛暑対策の実施主体は自治体でも、最終責任まで地域へ委ねてはならない。
事実として、熱中症死亡者は高齢者に集中し、2025年の救急搬送は過去最多となった。制度としては警戒情報とクーリングシェルターが整ったが、施設への到達、在宅の冷房利用、独居高齢者への連絡には地域差が残る。
政策の焦点は、ポスターや施設数を増やすことから、実際に高リスク者の体温を下げられたかへ移すべきだ。そのために国は、最低基準と継続財源を用意し、都道府県は広域支援、市町村は個別の実装を担う必要がある。
次に見るべきは、2026年度の熱中症対策実行計画の改定案である。そこに「誰へ、誰が、いつ連絡し、冷房や避難先へどうつなぐか」まで書き込まれるか。死亡者半減が実質的な目標になるかどうかは、この具体性で決まる。
参照リンク
- 厚生労働省「熱中症による死亡数 人口動態統計(確定数)より」
- 厚生労働省「年齢(5歳階級)別にみた熱中症による死亡数の年次推移」
- 総務省消防庁「令和7年(5月~9月)の熱中症による救急搬送状況」
- 総務省消防庁「令和7年7月の熱中症による救急搬送状況」
- 環境省「熱中症特別警戒情報とは」
- 環境省「指定暑熱避難施設(クーリングシェルター)・リンク集」
- 環境省「気候変動適応法等の一部を改正する法律案の閣議決定について」
- 環境省「熱中症対策実行計画」
- 環境省「熱中症対策実行計画の改定について」
- 環境省「熱中症対策小委員会第1回 議事録」
- 環境省「地方公共団体における効果的な熱中症対策の地域モデル事業」
- 厚生労働省「生活保護法による保護の実施要領について」
