介護の担い手は「賃上げだけ」では増えない 2040年までに57万人を確保する現実策
介護人材不足が解消しない最大の理由は、高齢者の介護需要が増える一方、働き手となる世代そのものが減っているからです。賃上げは不可欠ですが、公定価格である介護報酬、事業所の経営体力、地域ごとの人口差に阻まれ、他産業との人材獲得競争を一気に逆転するほどの改善には至っていません。
外国人材の受け入れやICT導入も必要です。ただし、どちらも日本人職員を安価に置き換える手段ではなく、教育、定着支援、業務分担を含む一体的な改革として進めなければ効果は限られます。
この記事で分かること
- 2040年度までに必要とされる介護職員数
- 処遇改善を重ねても採用難が続く制度上の理由
- 外国人材が担える役割と受け入れ側の責任
- 都市部と地方で異なる介護提供体制の課題
介護職員は2040年度に約272万人必要になる
現在の延長線上では、必要な人数を確保できる保証はありません。
厚生労働省が2024年7月に公表した第9期介護保険事業計画の集計では、介護職員は2022年度の約215万人に対し、2026年度に約240万人、2040年度に約272万人が必要です。2040年度までに増やす必要がある人数は約57万人に達します。
一方、2025年11月の介護関係職種の有効求人倍率は4.12倍でした。求職者1人に対して4件を超える求人がある計算で、事業所同士だけでなく、小売、物流、宿泊など他業種とも働き手を奪い合っています。
不足が生活者に及ぼす影響は、施設の空床だけではありません。
- 訪問介護の担い手が見つからず、在宅生活を続けにくくなる
- 家族が仕事を減らし、離職や収入減を迫られる
- 事業所が新規利用を断り、ケアマネジャーの調整も難しくなる
- 地域によって受けられるサービスの種類や頻度に差が開く
必要数は「採用目標」ではなく、家族介護への逆戻りを防ぐための供給基盤を示す数字です。
賃上げが必要でも、それだけでは埋まらない
介護職の賃金は上昇してきましたが、全産業との開きはなお残っています。
厚生労働省が2025年の賃金構造基本統計調査を基にまとめた賞与込み給与は、介護職員が月31.4万円、役職者を除く全産業平均が月39.6万円でした。単純比較で月8.2万円の差があります。
介護職員の給与は、2009年の月25.5万円から改善しました。それでも、身体介助、夜勤、認知症対応、感染症対策、利用者家族との調整といった責任に対し、別の職種を選ぶ人が少なくない水準です。
公定価格が賃上げの上限をつくる
介護サービスの価格は、一般の商品やサービスのように事業者が自由に決められません。国が定める介護報酬が収入の土台であり、利用者負担と保険料、公費で賄われます。
このため、大幅な賃上げには次のいずれか、または組み合わせが必要です。
- 介護報酬を引き上げる
- 税財源を追加投入する
- 介護保険料や利用者負担を増やす
- 事務や移動を減らし、同じ人数で提供できる量を増やす
- 事業所の共同化や大規模化で間接費を抑える
どの方法にも負担があります。報酬を引き上げれば保険料や公費への圧力が強まり、利用者負担を上げれば必要なサービスの利用控えを招きかねません。
加算は有効だが、小規模事業所ほど事務が重い
介護職員等処遇改善加算は、職員の賃金改善を目的として介護報酬に上乗せする仕組みです。2024年度には従来の加算が一本化され、加算率も引き上げられました。
しかし、2024年度の厚生労働省調査では、加算を届け出ない理由として「事務作業が煩雑」が39.6%を占めました。届出を担う職員がいないという回答も22.0%です。
人手が少ない事業所ほど、賃上げ原資を得るための申請に人を割けない。制度を用意するだけでなく、申請の簡素化や自治体・関係団体による伴走支援まで必要な理由です。
ここがポイント: 介護の賃金問題は、事業者の努力だけでは解けません。介護報酬、税、保険料、利用者負担の配分を誰がどこまで引き受けるかという社会保障の選択です。
外国人材は重要だが「人数の補充」で終わらせられない
外国人介護人材は供給基盤の一つですが、低賃金を維持するための調整弁にしては定着しません。
介護分野には、EPA介護福祉士候補者、在留資格「介護」、技能実習、特定技能など複数の受け入れ経路があります。2025年には、一定の条件を満たす技能実習生と特定技能外国人が訪問系サービスにも従事できるようになりました。
訪問介護では職員が利用者宅で一人になるため、施設内の業務とは異なる準備が要ります。制度も、原則1年以上の実務経験、研修、責任者の同行、利用者・家族への説明、ハラスメント相談窓口、緊急時の連絡体制などを事業所に求めています。
これは単なる規制ではありません。
- 利用者には、意思疎通や緊急対応への安心が必要
- 外国人職員には、孤立やハラスメントから守られる環境が必要
- 事業所には、日本語教育と介護技術を継続して教える職員が必要
- 地域には、住宅、生活相談、資格取得を支える仕組みが必要
受け入れ人数だけを増やしても、教育担当者が疲弊し、本人が数年で離職・帰国すれば現場の負担は軽くなりません。同一労働同一賃金を基本に、介護福祉士への道筋や管理職を含むキャリアを見える形にする必要があります。
地域介護は全国一律の人員対策では守れない
今後の不足は、都市部と人口減少地域で別の姿を取ります。
都市部では高齢者数の増加によって需要が膨らみます。地方では高齢者数が減少へ向かう地域でも、若年人口の流出、利用者宅までの長い移動、少ない利用者が広域に散らばることによって事業が成り立ちにくくなります。
訪問介護を例にすると、職員が車で30分移動しても、その時間すべてが介護報酬の対象になるわけではありません。豪雪地や離島では移動負担がさらに重く、都市部と同じ報酬体系だけでサービス網を維持するのは難しくなります。
厚生労働省の福祉人材確保専門委員会は、都道府県が主体となる人材確保のプラットフォームと、より狭い圏域で課題別のプロジェクトチームを設ける方向を示しました。重要なのは会議を増やすことではなく、地域ごとに次の情報を結び付けることです。
- 何年後に、どのサービスが、何人不足するのか
- 閉鎖の危険がある事業所はどこか
- 養成校、ハローワーク、自治体、事業者が何を分担するか
- 外国人材の住宅・日本語教育を誰が支えるか
- 訪問ルートの共同化や送迎の連携が可能か
小規模事業所の統廃合だけを急げば、採算の悪い地域から撤退が進む恐れがあります。一方、すべての事業所を現在の形のまま公費で維持することも現実的ではありません。法人を越えた採用、研修、事務、夜間対応の共同化が中間策になります。
生産性向上でできること、できないこと
ICTや介護ロボットは人を消す技術ではなく、職員が介護に使える時間を取り戻す手段です。
記録の音声入力、見守りセンサー、インカム、請求事務の自動化は、巡回や転記、情報伝達の負担を減らせます。清掃、配膳、ベッドメイクなどを介護助手へ切り分ければ、資格を持つ職員は身体介護や認知症ケアへ集中できます。
ただし、機器の導入だけでは効果は出ません。
- 現場に合わないシステムは二重入力を生む
- 小規模事業所は購入費と保守費を負担しにくい
- 操作研修や業務手順の見直しに時間がかかる
- 会話、観察、身体介助まで機械に置き換えることはできない
生産性向上の成果を単純な人員削減へ回せば、職員の余裕が失われ、事故や離職につながります。削減できた事務時間を休憩、研修、利用者との対話へ振り向けられるかが評価軸です。
政策をどう組み合わせるべきか
現実的な解決策は、賃金、定着、外国人材、地域再編を同時に動かすことです。
1.賃金改善を基本給とキャリアに結び付ける
一時金だけでなく、将来の収入を見通せる基本給の引き上げが必要です。介護福祉士、認知症ケア、チーム管理、教育担当など、経験が賃金に反映される経路も欠かせません。
同時に、処遇改善に使った公費が実際の賃金へ届いたかを、事業者の事務負担を抑えながら確認する仕組みが要ります。
2.離職を生む職場差へ踏み込む
介護職員の離職率は長期的には低下傾向ですが、厚生労働省は離職率の低い事業所と高い事業所の二極化を指摘しています。業界全体のイメージだけでなく、夜勤体制、休暇、上司の支援、ハラスメント対策など事業所単位の差を縮めるべきです。
賃上げして採用しても、短期間で辞めれば不足は解消しません。採用数と同じ重さで、3年後の定着率を見る必要があります。
3.外国人材を地域の中核人材へ育てる
日本語教育、介護福祉士資格の取得支援、住宅確保、家族帯同を含む生活設計を一続きで支えることが重要です。受け入れ費用を個々の小規模事業所だけに負わせず、自治体や複数法人で共同化する余地があります。
4.最低限守るサービスを地域で決める
人口減少地域では、すべてのサービスを従来と同じ配置で維持できない可能性があります。だからこそ、訪問介護、夜間対応、短期入所など、在宅生活を支える基幹サービスを先に特定し、人材と財源を重点配分する必要があります。
反対論と避けられないトレードオフ
どの選択肢にも副作用があり、負担を隠した政策は長続きしません。
介護報酬を上げると保険料負担が重くなる
これは正当な懸念です。現役世代の保険料負担には限界があり、公費を増やせば他の予算や国債との調整が必要になります。
ただし、介護供給が崩れて家族の離職が増えれば、税・社会保険料収入の減少や企業の人手不足として別の費用が生じます。報酬改定は介護給付費だけでなく、介護離職を防ぐ経済効果も含めて判断すべきです。
外国人材への依存を高めすぎるべきではない
送り出し国でも高齢化や人手不足が進み、日本は賃金や就労環境で他国と競争しています。必要な人数を海外から確実に確保できる前提は危ういものです。
一方、外国人材を排除すれば国内人材だけで必要数を満たせるわけでもありません。受け入れるか否かの二択ではなく、適正な賃金と権利保護の下で、どの地域・業務にどう定着してもらうかが論点です。
事業所の大規模化で地域密着が失われる
共同化や再編には効率化の利点がありますが、利用者の生活をよく知る小規模事業所の強みが失われる恐れもあります。法人統合だけを目標にせず、採用や事務は共同化しつつ、現場の拠点を残す設計が必要です。
今後見るべき4つの指標
政策の成果は予算額ではなく、現場に残った人と提供できたサービスで測るべきです。
今後は次の数字を継続して確認する必要があります。
- 介護職員の賞与込み給与と全産業平均の差
- 採用者数だけでなく、事業所別・地域別の定着率
- 外国人職員の介護福祉士取得率と長期就業率
- 訪問介護など基幹サービスの休廃止、新規利用の受け入れ状況
2040年度に必要な約272万人という数字を、単に57万人を採用する計画として扱ってはいけません。辞めにくい職場をつくり、限られた専門職を介護へ集中させ、地域ごとに必要なサービス網を組み直すことが本筋です。
次の介護報酬改定や人材確保策で問われるのは、賃上げ幅だけではありません。その財源が基本給へ届くのか、小規模事業所でも利用できるのか、地方の訪問介護を残せるのか。そこまで確認して初めて、人材不足対策の実効性を判断できます。
