日ソ共同宣言70年、対露外交で何を守るか――墓参と漁業を止めないための現実論
北方領土の帰属に関する日本の立場を維持しながら、元島民の墓参と漁業者の操業を支える協議を続ける。いまの対露外交には、この二つを並行して進める粘り強さが必要だ。2026年10月19日、日ソ共同宣言の調印から70年を迎えたが、記念日の発言だけで地域の暮らしが改善するわけではない。
木原官房長官は同日、領土問題が未解決で平和条約も締結されていない現状を重く受け止めると述べ、ロシアとの意思疎通を続ける考えを示した。問われるのは、その対話を墓参や安全な操業という具体的な成果につなげられるかである。テレ朝NEWSの10月19日報道
- 日ソ共同宣言は国交を回復した文書で、平和条約そのものではない。
- 漁業協議には続いている枠組みがあり、日露関係の悪化ですべてが停止したわけではない。
- 墓参や操業の交渉では、日本の法的立場、安全確保、相手側に支払う費用を個別に確認する必要がある。
10月19日の政府発言は、交渉再開の合意ではない
この日の発言は、政府の基本方針を改めて示したものだ。
木原長官は、北方四島の帰属問題を解決して平和条約を締結する方針に変更はないと説明した。一方、同日の報道で伝えられた発言は、ロシア側との交渉再開や墓参実施の合意を発表したものではない。テレ朝NEWS
ここは区別して読む必要がある。「意思疎通を続ける」という外交姿勢と、実際に相手国が協議に応じることの間には距離がある。政府を評価する際も、会談したかどうかに加え、どの問題について、どの条件を確認できたのかを見るべきだ。
共同宣言で決まったことと、残ったこと
1956年の共同宣言は、領土問題をすべて解決した文書ではない。
外務省の交渉史によると、日ソ両国は平和条約に代えて、戦争状態の終了と外交関係の回復などを定める共同宣言に署名した。平和条約締結交渉を続け、歯舞群島と色丹島は平和条約締結後に日本へ引き渡すことに同意した。外務省「日ソ・日露間の平和条約締結交渉」
つまり、国交回復と領土問題の解決は、別の段階として残された。70年という年月だけで、その隔たりが埋まるわけではない。
現在、日本政府は四島の帰属問題を解決して平和条約を締結する立場を取る。また、北方領土への入域について、ロシアの管轄権を前提とするような行為を避けるよう求めている。墓参も、通常の海外旅行と同じ手続きに置き換えれば済む問題ではない。外務省「北方領土問題とは?」
ここがポイント: 墓参や漁業のために対話する際も、日本の領土に関する法的立場を保つ必要がある。何を実現するかと、どの条件で実現するかを一緒に問うことが重要だ。
ウクライナ侵略の影響は、日本の隣接地域にも及ぶ
欧州で続く戦争は、日露間の往来や協議にも影響している。
2026年版外交青書は、ロシアが2022年3月に平和条約交渉を継続しない方針などを発表したと記す。日本は国際社会と連携した対露制裁を進める一方、隣国間の懸案について意思疎通を続ける必要があるとしている。外務省「外交青書2026」
政策上の難しさはここにある。武力で他国の領土を奪う行為に反対する姿勢を弱めれば、日本自身の領土や安全保障に関する主張との整合性が問われる。しかし、協議の窓口まで閉じれば、日本の漁業者や元島民の要望を届ける手段も細くなる。
このため、制裁と実務協議を一括して扱うべきではない。個々の協議について、制裁との整合性を確認し、日本側が得る利益と負うリスクを説明する必要がある。
暮らしへの影響は、漁業の枠組みごとに違う
日露関係が悪化していても、継続している漁業交渉はある。
2026年も妥結した相互入漁の条件
水産庁は2026年6月19日、日ソ地先沖合漁業協定に基づく協議で、同年の操業条件に妥結したと発表した。相互入漁の漁獲割当量は日露双方とも1万9,000トンで、前年の2万2,000トンから減った。水産庁の交渉結果
ロシアの200海里水域における日本漁船の相互入漁では、主な魚種の割当量は次のとおりだ。
- サンマ:1万2,959トン
- スルメイカ:1,810トン
- マダラ:1,600トン
これらは実際に獲れた量ではなく、操業条件として認められた割当量である。合意だけで漁獲や収益が保証されるわけではないが、漁業者が操業計画を立てる前提になる。
消費者への影響も、割当量から直ちに店頭価格へ換算できない。魚の来遊、実際の水揚げ、輸入、燃料費などが重なるためだ。今回の合意の意味は、値下がりの約束よりも、利用できる漁場と操業条件を確保した点にある。
北方四島周辺の協定とは分けて見る
一方、2026年版外交青書では、北方四島周辺水域操業枠組協定に基づく操業は再開に至っていないとされる。同じ「日露の漁業」でも、相互入漁の合意をもって、四島周辺の操業問題まで解決したとは扱えない。外交青書2026
政府の説明には、協定名、対象海域、対象漁業者を明示する丁寧さが必要だ。それがなければ、交渉が前進した分野と、なお止まっている分野を国民が判断できない。
墓参と地域支援で、政府に求める具体策
元島民にとって、墓参は将来の交渉成果を待つだけでは済まない問題だ。
外交青書は、四島交流等事業が2020年以降実施できていないことを記し、高齢となった元島民の思いを踏まえ、北方墓参の再開を人道上の課題として位置付けている。外交青書2026
ここからは政策評価として、再開を求める外交努力と並行し、次の準備状況を説明することを求めたい。
- 再開が可能になった場合の移動手段、医療対応、付き添い体制。
- 天候や相手側の判断で中止となった際の費用負担。
- 日本の法的立場を損なわない渡航手続き。
財政面でも、費用を曖昧にしてはならない。墓参の移動・安全対策、漁業者への支援、相手側への支払いは、それぞれ目的と負担者が異なる。
例えば水産庁の6月の発表には、相互入漁とは別に、有償入漁の見返り金約2,694万円が記載されている。これは日本の関連政策全体の予算額ではない。国費の支出を評価する際は、こうした操業条件上の支払いと、国内の支援予算を混同しないことが出発点になる。水産庁
対話を広げるべきか――成果と譲歩を個別に検証する
対話の拡大には理由がある。漁業交渉のように、厳しい関係の下でも合意できる分野が存在するからだ。
ただし、その実績から、経済協力を広げれば領土交渉も進むと結論付けることはできない。日本側の支出や協力だけが先行し、相手側が約束を履行しない場合の対応を欠けば、負担に見合う成果を得られない。
逆に、対話を狭めれば圧力が高まるという見方にも限界がある。墓参や操業の条件を詰める窓口まで失うことが、日本の利益になるとは限らない。
妥当な判断基準は、協議の件数ではなく、次の三点だ。
- 成果:誰の墓参や操業が、どの条件で可能になったか。
- 負担:公費や事業者の支払いに、どの程度の便益があるか。
- 継続性:相手側の不履行や中断に備える手段があるか。
次に見るべきは、墓参の条件と操業の実績
10月19日の政府発言は基本方針の再確認だった。一方、6月の漁業交渉は、対象を限定した実務協議が成立することを示している。
本稿の見解は、領土に関する立場と対露制裁の整合性を保ちながら、墓参と漁業の協議を具体化すべきだというものだ。今後は、次の公表内容を確認したい。
- 北方墓参について、実施条件を詰める協議が始まるか。
- 再開に至っていない四島周辺の操業協議に動きがあるか。
- 確保した漁獲割当量が、実際の操業と水揚げにどれだけ結び付いたか。
70年という節目に必要なのは、方針を繰り返すことに加え、墓参を待つ人と海に出る人に、次の一歩を示すことである。
