概算要求143兆円の正体――国債費5.4兆円増と「金額を書かない防衛費」が家計に返ってくる道筋
8月末に各府省が出した令和9年度の概算要求は、総額143兆656億円。4年連続で過去最大を更新した。
ただ、この記事でいちばん伝えたいのは「過去最大」という見出しの数字ではない。増えた分の中身である。令和8年度当初予算の122兆3,092億円から約20兆円増えたうち、国債費だけで5兆3,628億円を占める。新しい政策が20兆円分増えたのではなく、すでに発行済みの借金の利払いと償還が、金利上昇でそのまま膨らんでいる。
しかも防衛費は、金額を書かない「事項要求」が多く並ぶ。年末に予定される安全保障関連3文書の改定を待つためで、予算の最も大きな塊のひとつが、今の時点では空欄のまま置かれている。
9月から12月にかけて、財務省の査定でこの143兆円は削られていく。そのとき何が残り、何が後回しになるのかは、燃料油の補助や社会保障の給付といった、生活に直結する項目の行方でもある。
- 総額: 143兆656億円(要求128兆967億円+要望2兆7,959億円)
- 最大の増加要因: 国債費 31兆2,758億円 → 36兆6,386億円
- 防衛省要求: 8兆8,432億円。防衛力強化の中核は金額未定の事項要求
- 次の節目: 12月下旬の予算案閣議決定、年末の安保3文書改定
いま予算編成はどの段階にあるのか
概算要求は「各府省の希望額」であって、決まった予算ではない。8月31日の提出期限を過ぎ、いまは財務省が一件ずつ査定している途中である。
日程を押さえておくと、この先の報道が読みやすくなる。
- 2026年8月31日:令和9年度概算要求の提出期限
- 2026年9月〜12月:財務省査定・予算編成
- 2026年末:安全保障関連3文書の改定(防衛費の事項要求はここで数字が入る)
- 2026年12月下旬:政府予算案を閣議決定
- 2027年1月〜3月:通常国会で審議、年度内成立を目指す
143兆円の内訳
要求額128兆967億円に、金額を示す「要望」2兆7,959億円が乗る。加えて「強く豊かな日本」投資枠として12兆1,730億円が別枠で計上されている。
この投資枠は、査定で増減する裁量的な部分だ。逆に言えば、国債費のように削りようのない経費が膨らむほど、この枠の中身が切り詰められる。
なぜ国債費が5兆円以上も増えるのか
理由は単純で、金利が戻ってきたからである。日本銀行の利上げ局面が続き、個人向け国債の発行条件も2026年9月分で変動10年が年1.95%、固定5年が年2.24%と、以前とは水準が違う。
国債費は、過去に発行した国債の利払いと償還にあてる経費だ。政策判断で減らせる性質のものではなく、金利水準と残高でほぼ決まる。残高が大きいほど、金利の上昇はそのまま歳出の増加として返ってくる。
「金利のある世界」で何が起きるか
- 利払い費が増え、同じ税収でも使える政策経費が減る
- 減税と歳出拡大を同時にやる余地が、機械的に狭まる
- 社会保障の自然増(年金・医療等で3,900億円の加算枠)を抑える圧力が強まる
- 補正予算で対応する習慣が続けば、その財源もまた国債になる
ここがポイント: 概算要求143兆円のうち増加分の最大の中身は、新規政策ではなく金利上昇による国債費。予算の議論を「何を増やすか」だけで読むと、実際に削られる場所を見落とす。
防衛費の「事項要求」は何を意味するのか
防衛省の要求額8兆8,432億円は、前年度の要求額を下回る数字に見える。だが実額が減る見通しというより、防衛力強化に関わる経費の多くが金額を示さない事項要求として積まれているためだ。
背景には、年末に予定される国家安全保障戦略・国家防衛戦略・防衛力整備計画の改定がある。計画そのものが書き換わる前提では、装備の調達規模や整備の年次配分を今の時点で確定できない。小泉進次郎防衛相は2026年7月、3文書改定にあわせて新たな防衛生産・技術基盤戦略を年内に策定する方針を示しており、生産設備の国有化なども論点に挙がっている。
制度としては正当な手順だが、副作用もある。
- 年末まで防衛費の総額が見えず、他分野との優先順位づけが後ろ倒しになる
- 国会が実質的に中身を審議できる期間は、数字が固まってからの短期間に圧縮される
- 有事を見据えた生産基盤の維持は、単年度予算になじみにくい長期コストを伴う
生活・地方・産業にどう返ってくるか
予算編成の話は遠く見えるが、返ってくる場所ははっきりしている。
燃料の値段
中東情勢を踏まえた緊急的激変緩和措置として、ガソリン・軽油・灯油・重油に51.0円/L、航空機燃料に40.8円/Lの支援が続いている(2026年9月17日以降の単価)。開始は令和8年3月19日で、終了は「ガソリン・軽油の暫定税率の扱いについて結論が得られ、それが実施されるまでの間」とされ、日付では区切られていない。
つまり出口は暫定税率の制度決着とセットだ。税率の結論が先送りされるほど、補助という形の歳出が続く。運送、農業、漁業、そして公共交通の選択肢が限られる地方の通勤者ほど、この単価の変更に直接さらされる。
社会保障
年金・医療等は37兆円規模で、自然増3,900億円を加算する範囲内という枠がはめられている。高齢化による増加分をこの枠に収めるには、診療報酬や薬価、給付の細部を見直すしかない。負担割合や自己負担の上限をめぐる議論が年末にかけて必ず出てくるのは、この制約から来ている。
地方と産業
投資枠が削られれば、自治体向けの交付金や産業支援の採択件数に影響する。国の補助を前提に組んだ地方の事業計画は、年末の予算案が出るまで確定できない。企業側も、補助金を織り込んだ設備投資の判断が年明けまでずれ込みやすい。
批判的に見るべき論点
- 要求段階の総額が膨らみやすい:4年連続で過去最大という事実は、要求のハードルが効いていない可能性を示す
- 事項要求の多用:金額を出さない項目が増えるほど、概算要求そのものの情報価値が下がる
- 投資枠12兆1,730億円の中身:「強く豊かな日本」という名称だけでは、何が投資で何が補助かを判別できない
- 補助の常態化:燃料補助は緊急措置として始まったが、2年目に入っても終了日が示されていない
- 金利上昇の織り込み:今後さらに利回りが上がれば、国債費は査定でどうにもならない形で追加的に膨らむ
批判の対象は人ではなく設計である。事項要求も投資枠も、制度として禁じられたやり方ではない。問題は、それが積み上がったとき、国会と有権者が年末までに全体像を検証できるのかという点にある。
別の見方・トレードオフ
反対の立場からの指摘も、それぞれ筋が通っている。
| 論点 | 拡大に前向きな見方 | 抑制を求める見方 |
|---|---|---|
| 防衛費 | 安保環境の変化に合わせ、3文書改定後に必要額を積むのが合理的 | 金額を示さない要求は、事後的な追認になりやすい |
| 燃料補助 | 物価高の直撃を受ける層と運輸・地方を守る即効策 | 価格シグナルを歪め、財政と省エネ政策の両方に負荷 |
| 投資枠 | 成長と供給力を伸ばさなければ税収も増えない | 効果検証の弱い支出が「投資」の名で通りやすい |
| 社会保障 | 高齢化に伴う増加は避けられず、圧縮は受診抑制を招く | 金利上昇局面では、自然増の枠を守らないと持続しない |
判断の軸は、景気か財政かという二択ではない。その支出が終わるときの条件が、あらかじめ設計されているかどうかである。燃料補助のように出口条件が他の制度決着に依存している項目は、意図せず長期化する。
海外の動きが日本の予算に効いてくる経路
国内の予算編成は、海外の金利と資源価格から切り離せない。年末にかけて関係が深いのは次の三つだ。
- 米国の金融政策:10月28日にFOMCが予定される。米金利の方向は為替を通じて輸入物価に効き、燃料補助の所要額にも跳ね返る
- 11月3日の米中間選挙:結果次第で通商・関税や対中政策の運用が変わり、日本の輸出産業とサプライチェーンの前提が動く
- 中東情勢:現行の燃料補助はそもそも中東情勢を踏まえた緊急措置であり、原油供給が不安定化すれば必要額が増える
いずれも日本が制御できない変数だ。だからこそ、国債費のように国内要因で増える経費をどこまで見込んでおくかが、査定の現実的な争点になる。
今後の注目点
- 12月下旬の政府予算案で、国債費の見積もりが概算要求の36兆6,386億円からどう動くか
- 安保3文書の改定で、事項要求だった防衛関連経費にいくらの数字が入るか
- 「強く豊かな日本」投資枠12兆1,730億円が、査定後にどこまで残るか
- 社会保障の自然増3,900億円の枠が守られるか、追加の抑制策が出るか
- 燃料油補助の単価改定と、ガソリン・軽油の暫定税率をめぐる結論の時期
- 2027年1月からの通常国会で、防衛費の中身を審議する時間が確保されるか
まとめ
事実として言えることは三つ。令和9年度の概算要求は143兆656億円で4年連続の過去最大であること。増加の最大要因は国債費で、31兆2,758億円から36兆6,386億円へ5兆3,628億円増えること。防衛省の要求8兆8,432億円は、防衛力強化の中核部分が金額未定の事項要求になっていること。
見解として言えることは、この構図が「金利のある世界」に入った日本の予算編成の初期症状だという点だ。政策を増やさなくても歳出が増える局面では、減税・給付・補助のすべてを同時に成立させるのは難しい。
残る課題は出口の設計である。燃料補助51.0円/Lは、暫定税率の結論が出るまで続く建て付けのまま2年目に入った。防衛費は年末まで空欄が残る。どちらも「あとで決める」が積み重なった形で、国会が中身を精査できる時間は12月下旬から年明けの数週間に集中する。年末の予算案と3文書は、同じ一枚の紙として読む必要がある。
